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ATR72-600 操縦資格試験(2日目:OCA)

いよいよ2日目、OCA(Operational Competency Assessment)がやってきました。

この日は、エンジンが壊れたり燃えたりすることを中心にして、視程が悪い状態での離陸(Reduced Visibility T/O)や、非精密進入(VOR/DMEアプローチ)、精密進入(ILSアプローチ)、DMEアークなど、法律で義務付けられているエクササイズをやりながら、緊急事態への対処能力を審査される日です。

この審査に合格すると、タイプレーティング、つまりその機種の限定操縦資格が手に入ることになります。

どうなることやら。

地上にて

グラウンドワークは、ログブックの確認と、試験の流れの説明が主で、試験でやる課目の関連項目をオーラルとして訊かれます。日本の審査のように、重箱の隅をつつくような、オペレーションに直接関係のないものは聞かれません。試験官も「御託はいいから早く飛ぼうぜ!」という感じなので、早々にグラウンドワークを終えて、シムへ。

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ちなみに、隣には現役のラインキャプテンが座っています。相方のドム(仮称)は1日目のLOFEを通過できませんでした。理由は色々ありますが、その話は別の機会にします。

Reduced Visibility Takeoff

出発の準備を手際よくやり、まずは最初の課目の視程が悪い状態での離陸です。

ブリーフィングで要件を確認。霧で前がほとんど見えない状況なので、タキシングにも細心の注意を払います。外に見える看板と、空港のチャートを見比べながら、曲がる場所や停まる場所を間違えないように。いつもはタキシング中にやるチェックリストも、今回は停止してから行います。

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ラインナップ時に、滑走路の数字を見て正しい滑走路を確認し、滑走路の横に並んでいるライトが7個見えること(ひとつひとつは60m間隔)から、視程がリミットの400m以上あることを確認します。

400mと言うと結構な距離に聞こえるかもしれませんが、霧の高速道路で200km/hで爆走することを想像してみてください。人間が目で飛行機をまっすぐ離陸滑走させるのにギリギリの視程です。

EFATO(Engine Failure After TakeOff)

滑走路に正対し、離陸許可をもらって肩をひと回し。いよいよ離陸です。

クロスウィンドは右から。エルロンを右にとって、まくられないように。

ちらと中央の液晶パネルに目をやり、トルク表示が90%、その画面の上下に「ATPCS」と「TO INHIBIT」の表示が出ていることを確認して「Power set」とコール。

飛行機はぐんぐん加速し「70k」のコールでキャプテンが私にコントロールを渡します。「My controls」と言って離陸を引き継ぎ、ラダーで方向を維持。キャプテンの「V1 Rotate」のコールと同時に操縦桿をじわりと引きつけます。この際、右にとったエルロンを反射的に戻さないように注意。

せり上がる機首。

視程が悪く、外の景色は全く見えなくなるので、すぐに目の前の計器に目を落とします。瞬間、「ドーン」という音とともに機首の位置を表すピッチドットが左に吹っ飛びました。計器の中は、地震に遭った水槽の中のように、色々なものがぐにゃぐにゃと動き出します。

すかさず右の踵をガッと踏んで、ヨーを止めます。同時にエルロンを切り増して、バンクを修正。少し遅れて、目の前のマスターウォーニング(警告灯)が赤く点滅し、警報が耳障りな連続音で異常を知らせてきますが、これを一切無視し、左下に行こうとするピッチドットをFDに重ね合わせることに全集中力を使います。「ドーン」からここまで3秒くらい。

「Positive Climb」

キャプテンも、警告灯と警報を無視してまず飛行機の上昇を確認してきます。私の応答は

「Gear Up」

キャプテンは無言でギアハンドルに手を伸ばし、それを跳ね上げ、ヨーダンパーをON。それから目の前で狂ったように点滅している赤い警告灯兼スイッチを押して、警告をキャンセル、中央画面のFWD(Flight Warning Display)に

「ENG 1 OUT」

とあるのをそのまま読み上げて、何が起きたのかを私に知らせます。それからキャプテンは中央画面に目を戻し

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「Auto feather、Up-trim、Bleeds are faulted」

フェイルしたエンジンのプロペラがフェザー(縦)になって空気抵抗を減らし、逆に生きているエンジンの出力が10%増しとなり、エンジンパワーを最大とするためにブリードエアが切れる、これらすべてが自動でなされたことをキャプテンが確認しました。

その間、私は飛行機をまっすぐ上昇させることに全神経を使います。飛行機は今、右側のエンジンだけで飛行機を持ち上げている状態なので、常に機首を左に向けようとする力が働いています。

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手も、足も、右向きに強く力を入れてこれに対抗しますが、落ち着いたところで左手をそろそろと下方に伸ばし、エルロンとラダーのトリムをとると、オートパイロットを入れることができます。

ここからしばらく、片肺でよっこらよっこら上昇しますが、550ftにきたところでオートパイロットを「ALT」モードに入れて、一旦水平飛行をし、フラップをたためるスピードまで加速します。

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Credit: https://www.skybrary.aero/

普段はエンジンが2つ動いているので、上昇と加速の両方を同時にするだけの余剰パワーを持っていますが、今は1つしか動いていないので、ふたつの仕事を分けてする必要があるのです。まずは上昇、次に加速。その加速を安全に行える高度が「Acceleration altitude」というわけです。

こちらの記事↑でも少し説明しています。

ちなみにダッシュ8の場合、ここでまだオートパイロットは使えませんでした。片肺状態では、1000ft以下でのオートパイロット使用が禁止されていたためです。そのため、いきなりピッチを下げると加速するまえに沈んでしまうので、じわりじわりと下げていかなければならないのですが、これが難しい。

ATRでは、これをオートパイロットが実にうまくやってくれます。最初の挙動を手と足で抑えてトリムを取った後、すぐにオートパイロットが使えるATRのエンジンフェイリャーは、ダッシュ8に比べて格段に易しい。テクノロジーの進化に感謝です。

さて、一番難しいところは終わりました。あとは、まっすぐ登りながらギアやフラップをたたみ、メモリーアイテムでエンジンをシャットダウン、チェックリストをやって帰ってくるだけです。「だけ」と言ってもいろいろありますが、今回は割愛します。

結果

その後の課目も粛々と進み、席を交代。キャプテンが飛ばす飛行機にPMとして同じ課目をやって、比較的早く試験が終わりました。

飛行機の世界に入って10年。いつもいつも苦労と挫折と低評価ばかりでしたが、今回の試験は自分が少し違うステージに行けたような気がしています。

このまま、ライントレーニングも楽しんでやっていきます!

さて、以下の有料版では、シングルエンジンゴーアラウンドで起きたある事件について書きました。

怪しげなILSアプローチ

さて、離陸したら最後、戻れないほどの悪視程で離陸したのに、一連のプロシージャを実施した後、オプションを考えるために「天気どうなった?」とうしろで踏ん反り返っている「管制官」に聞くと

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