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【シム後記】 コミュニケーションツールとしてのエマージェンシートークと今回のシムの収穫

前回、オーソリティ・グラディエント(権威勾配)の話をしました。そして、最後に今回のシムで組んだキャプテンに対し、FOとして積極的に「物申す」には、どうしたらいいか、という問題提起をしました。今回は、それの回答編になります。

そのヒントは、前記事の最後に触れた「エマージェンシートーク」の中にありました。(↓◼️ が有料項目です。)

エマージェンシートークとは

運航中の航空機内では、キャプテンが乗客の安全と機の運航に最終的な責任を負っています。したがって、それを可能にするための権限もキャプテンが持っていることになります。権利と義務の表裏一体です。

しかし、前回述べたように、キャプテンも間違えることがあります。だからこそ、権威勾配という概念を使って、権力構造を維持しつつ、FOからのフィードバックをする余地を残しています。

特に、キャプテンの行動に機の安全な運航に対する重大な疑義があると判断される場合、FOは「エマージェンシートーク」という特別なコミュニケーションを行い、これの是正に努めなければなりません。

権威勾配とエマージェンシートーク

エマージェンシートークの段階

さて、エマージェンシートークはコミュニケーションの「枠組み」であり、段階があります。これを以下に示します。

エマージェンシートークの段階

問題や疑義が発生したら、段階的にコミュニケーションの「硬度」を上げて解決を目指し、それでも問題や疑義が払拭できなければ決められたフレーズである「Captain, You MUST Listen」を出して権力を一時的にリセットするわけですが、現実的には、そこまで状況が逼迫することはほとんどありません。

ここで注目して欲しいのは。中程にあるENQUIRY、ADVOCACY、ASSERTIONの三つの段階です。

コミュニケーションの「硬度」

この三つの違いは、やんわり言うか、ビシッと言うかです。これを、ここではをコミュニケーションの「硬度」と表現します。

最初は、疑義を抱いていることを気をつかってやんわりと進言します。しかし、もし疑義を解決できなかったり、安全に関わることである場合、段々と「硬度」を強め、必要な行動を命令形を使って単純かつ直接的に指摘します。それぞれを見ていきましょう。

ENQUIRY:質問

FOとしてキャプテンの行動に疑義を抱くのは、キャプテンの頭にあるプラン「メンタルピクチャー」を共有できていないときです。ですから、それを理解するために「質問をする」ことが有効です。

例えば、目の前に揺れそうな雲があって、これを避けようと言う時、キャプテンがいつまでたっても進路を変更しなかったとしましょう。この時に、

「あの雲ですが、避けますか? "Are you going to avoid that cloud ahead?"」

と聞いてみるのです。

単純なことに聞こえるかもしれませんが、もしかしたら、キャプテンは「シートベルトサインをつけてスピードに気をつけて突っ切ろう」と考えているのかもしれません。相手が何を考えているのかを、単純に質問することで、メンタルピクチャーを共有します。さらに、

「どちらに避けますか?」

と聞いてみたところ、右に行こうと言います。しかし、自分は左のほうがいいと思っている。どうするべきでしょうか。

ADVOCACY:提案

ENQUIRYは相手の頭の中にある情報を引き出すテクニックでしたが、ADVOCACYは自分の頭の中にある情報を出すテクニックです。

「私はあそこにあるロータークラウドが気にかかっています。風は西風で50ktとあるので、山を超えて来たダウンドラフトに捕まって強く揺れるかもしれないので、左に行ったほうがいいのではないでしょうか。

"My concern is the rotor cloud there. The wind shows 50kts Westerly. We will be caught in a down draught and strong turbulence. I think we should go to the left."」

このように自分の考えを言って、相手が考えていることとすり合わせを行います。

ASSERTION:主張

通常は、ENQUIRYとADVOCACYまでで大半の疑義は解決します。なぜなら、一般的に言ってキャプテンもFOも機の安全を確保しようとする動機があり、疑義はあくまで双方のメンタルピクチャーが見落としや勘違いなどで共有できていない状態によって発生するに過ぎないからです。

しかし、ある脅威が短時間のうちに迫って来ていたり、キャプテンとFOの人間関係がこじれることによってどちらかが不合理な選択をした場合は、ASSERTIONが必要になります。

あえて、上で出した例を続けるとしたら、キャプテンが小生意気なFOに腹を立てて、合理的な説明のないままロータークラウドにつっこんでいったとしましょう。そうしたら、

「危険です、左に行きましょう "It's a bad idea. Let's turn to the left."」

と言わなければなりません。強く、短く、シンプルに。

ENQUIRYで止まりがち

上記の3つの段階的コミュニケーションを見て、どう感じるでしょうか。

特に、ADVOCACYのところ。

「私はあそこにあるロータークラウドが気にかかっています。風は西風で50ktとあるので、山を超えて来たダウンドラフトに捕まって強く揺れるかもしれないので、左に行ったほうがいいのではないでしょうか。」

と、ペーペーのFOがキャプテンに物申せるものでしょうか。

難しいですよね。

効果的なADVOCACYをするには、自分の発言の裏付けとなる知識がしっかりしている必要があります。経験が少ない間は、自動的に知識にも発展の余地があるわけですから、自分の提案にいまいち自信が持てないことはよくあります。これが、飛行経験の長い「グレートキャプテン」相手であれば、なおさらです。

そうするとどうなるか。FOから発せられるコミュニケーションが、ENQUIRYよりになります。つまり、間違っているかもしれませんが、こうですかね?とお伺いをたてるようになるのです。そして、本当に思っていることを心の中に止めるか、直接言えないのでこれも質問という形で出てくるようになり、メンタルピクチャーの共有に時間がかかるか、不可能になります。

具体的には、こう言う感じ。

FO「あそこに雲がありますね。。」
CAP「そうだね。」
FO(近づいていく、、避けないのだろうか。)
FO「ちなみに、あれ避けますか?」
CAP「いや、いいんじゃないの?ゆれるようだったらシートベルトサインつけるよ。」
FO(レーダーでエコーを確認すると、赤。いや、これは避けたほうがいいんじゃないかな)
FO「シートベルトサインつけましょうか?」
CAP「まだいいよ。」
ガタガタガタ・・・
FO(モデレートだな、シートベルトサインつけたほうがいいんじゃないかな。)
CAP シートベルトサイン点ける。直後に強烈な揺れ。

「あれ避けますか?」と聞いた後、FOの疑義が解決していないのがわかると思います。括弧()で示したのは、FOが心の中で思っていることですが、これを口に出すことこそADVOCACYな訳です。

しかし、FOとしての遠慮か、キャプテンの権威勾配に負けたのか、どちらにしてもこのFOは自分の疑義を解決しないまま、つまりキャプテンとのメンタルピクチャーを共有しないまま、結果的にタービュランスに突っ込んで言ってしまいました。

この例でもし、客室で負傷者が出てしまったら、それは誰の責任でしょうか。もちろん、最終的にはキャプテンの責任です。しかし、事故を防ぐためにFOが職責を果たしたか、と言われれば、否でしょう。心の中で「こうするべきだ」と思っていることがあれば、それは(安全に関わることであればなおさら)やはり口に出すべきなのです。

自分は、ちゃんとADVOCACYしているだろうか、気を使ってENQUIRYばかりになっていないだろうか。という視点で運航を見返してみると、発見があるかもしれません。

以下の有料版では、今回のシム訓練と上記を絡めて、私自身が学んだことを書いてみたいと思います。


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