続・パイロットは長い長いコクピットプロシージャをどうやって覚えているのか
前話はこちら
今回、機種移行の訓練は私を含めて4人。これまで学科は4人が同時にクラスで受けていましたが、プロシージャトレーニングからは2人1組みで行います。バディのドム(仮称)は50代。前話で話した通り、このままでは年寄り勢は置いてけぼりにされてしまいます。こりゃまずい。
若い衆がプロシージャトレーニングをしに行った後、午前中のようにその見学をせずに、ドムを食堂に連れ出しました。私の手には、昼飯とともにマニュアルが入ったiPadとカミレータが。
カミレータとiPad
食堂にて
いきなり「プロシージャトレーニングしようぜ!」といっても、こっちの人は日本人のように休憩時間に仕事をする習慣がないので、うまくいきません。まずは昼飯をとりながら、どうでもいい話をしていきます。
彼は話し上手で、生い立ちからパイロットになった経緯など、いろいろと面白い話が飛び出します。
友達の空軍パイロットが「ハリアー見せてやる」(トヨタじゃなくてホーカー・シドレーのほうのハリアーです)と言われて基地まで行ったは良いが、そいつがハンガーの鍵を忘れて入れず「今スクランブルがかかったらどうすんだ」といった話とか、まだニューヨークが治安が悪かった頃に、ホテルからパブ(アメリカだからバーか)でも引っ掛けようとホテルから歩いて出たら段々周りの家々の窓に鉄格子がはまっているような感じになってきて、不安を感じながら道を聞こうと入った警察署で徒歩でここまで来たと行ったらよく撃たれなかったなと仰天され、そのまま飲み屋までパトカーで送ってもらった話とか、そういう話です。
さて、与太話もそこそこに「そういえばこれってこうだっけ?」とこちらから質問をする形でカミレータを広げ、さりげなくプロシージャの確認を一緒に始めました。彼も気になっていたところを色々と挙げてきたので、頃合いをみて「ちょっと今一緒にやってみない」というと乗ってきました。
1000近くものプロシージャを覚えるには、膨大な量の練習が必要です。しかし、パイロットの訓練は、使える時間が限られています。ということは、一定の時間内にプロシージャを覚えきらなければならないわけで、ここに工夫の必要が生まれます。
若いうちは頭の柔らかさに物を言わせて、工夫もせずに覚えてしまう連中もいますが、ドムのように年を重ねてからエアラインのトレーニングになったときにプロシージャを覚えるのが下手な人が出てくるわけです。
まずは覚える対象を「チャンクに分ける」
彼と、彼に教えるインストラクターのやり方を見ていると、いかに工夫をしていないか、がよくわかります。
まずダメなのが、覚えるべきプロシージャを細切れにせず、全部通しでやってしまうことです。もちろん、「ナントカ プロシージャ」ごとに分けてはいますが、そこからどのくらい細分化するか、その見積もりが甘いのです。分けてもせいぜい半分か、1/3くらい。
そうではなく、マニュアルを見なくても言えるところまで、がその時点での細分化の正解です。1/3でもマニュアルを参照しながらでないと思い出せないなら、それをさらに分割しなければなりません。これを「チャンクに分ける」といいます。そして、空で言えるようになってから、その塊を一つ一つ大きくしていきます。
頭の「トンネル」を開通させる
覚えるべき範囲を区切らないと、当然たくさん間違えます。その結果、インストラクターがそれは違うとか、次はなんだとか茶々を入れてしまうので、一度も「自分で全部できた」という状態ができません。
この「自分で全部できた状態」を私は「頭のトンネルが開通する」と呼んでいます。
例えば、「ABCDEFG」というプロシージャがあったとしましょう。プロシージャを覚えるとは、頭の中に新しい神経回路、つまりAからBCDEFというトンネルをくぐってGにたどり着く地図を頭の中に新しく作る行為です。
最初は「ABC....なんだっけ」のように最後まで辿り着けなかったり、「ABC EFG」のように間を飛ばしてしまったり、「ABDCEFG」のように順番を間違えてしまったりします。これに外部から修正を加えることは、最初のうちはOKで、必要でもあります。しかし、ある時点で
「ABC.......D....EF....G」
のようにつっかえながらも、正しい順番でAからGまで、自分の頭だけでたどり着けるようになると「トンネルが開通した」状態になります。こうなったら話は簡単で、その後何度か繰り返して「トンネルの壁」を塗り固めれば「ABCDEFG」とスラスラ出てくるようになります。
拙くても、自分の頭だけで正しい手順でたどり着いた、ということが大事なのです。
教官の忍耐力
前話に出てきた我々の若い教官もそうでしたが、経験の浅いインストラクターは、ここで我慢できずに学生がちょっと引っかかるだけで、ああだ、こうだと言ってしまいます。すると、いつまで経っても「トンネルが開通」しないので、プロシージャが覚えられないという状態になります。
ですから、プロシージャに限らず、教官は最初に何度か方向修正したら、一度、学生が全て自分だけでできるまで、何もアドバイスをせずに待たなければいけません。その間、学生は間違えたり、引っかかったりしますが、指摘するのは全部終わってから。辛抱強く頭のトンネルの開通を待ちます。
もし、どうしてもトンネルが開通しない場合は、先ほど言ったようにさらにチャンクを細かくします。「マニュアルを見なくても言えるところまで」と言ったのはこのためです。
間違えたら、チャンクの最初に戻る
また、ドムはプロシージャを間違えて茶々を入れられても、あぁそうですかそうですかと返事をした後、その状態を許容して次のチャンクに行こうとします。私は、これを許さず、なにか間違えたら、とりあえず最後まで行って、直ちにチャンクの振り出しに戻ってやり直します。
間違いとは、トンネルの中にできた分かれ道のようなもので、これを放っておくと後になってもトンネルの真ん中で道に迷う状態になってしまいます。間違いを直ちに修正し、最初からやり直すのは、トンネルの中が一本道になるように、間違った道にちゃんと蓋をするためです。
しかし、これは面倒な作業ですし、疲れます。脳みそをドリルで掘って道を作るような行為ですから、当然です。そのため、皆やりたがりません。だから覚えられないのですが、私が横について「もう一回!もう一回!」とやるので、だんだんと成果が出てきました。
Learn by doing
ドムは、プロシージャをマニュアルを読むことで覚えようとしていました。これも陥りがちな罠です。目で覚える人、耳で覚える人、身体を動かして覚える人とそれぞれ人には覚え方のタイプがありますが、だいたい覚えが悪い人は自分とは違うタイプで学習している場合です。また、最も有効なのはこれらを全部使ってやることです。
私が食堂にドムを連れ出したのは、これを実践するため。彼の進捗を診断しながら、チャンクを区切って一緒に練習していきます。カミレータを目の前に置いて、実際のコクピットのように左右に並んで座り、操作の一つ一つを口に出しながら、同時にカミレータに描いてあるスイッチ等を指して覚えていきます。
プロシージャを口に出し(耳)カミレータに描かれたスイッチを見て(目)それを指差す(身体)のは、そういう意味があります。私もそうですが、彼も身体で覚える、Learn by doingの人のようで、やっていくうちにチャンクを区切らなくてもトンネルが開通するようになってきました。
さて、以下の有料パートは、特訓の結果どうなったかと、バディでトレーニングする際の注意点、日本とNZのプロシージャに対する態度の違い、ドムの話の続きなどをつらつらと書いています。まぁ、与太話です。
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