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日本の管制官は英語ができない、は本当か 後編

前話はこちら

前回は、Yotuubeに上がってきた貨物便と日本の管制官のやりとりについて、「日本人管制官は英語ができない」と評する言説に疑問を投げかけました。

今回は「管制官はよくやった」という前提に立ちつつも、現実として明らかに発生している「無駄なやりとり」をどう見るか、どうしたらより効率的にできたかを、Youtube上の経過時間と出来事を並べて検証してみましょう。

Maydayを言わなかったパイロット

1:05  National Cargo 891(以下NA891)が最初の状況説明。

第一報は、パイロットの状況説明でした。ナショナルカーゴ、のコールサインからもわかる通り、この便は貨物機です。その「後部荷室」から火災警報が出た、成田に戻りたい。と言っています。文字にすると簡単ですが、何が問題でしょうか。

まず、緊急事態が発生したにも関わらず、Maydayを言わずに突然状況説明を始めています。

日常会話でも、バイバーイと言って駅の改札で別れた友人が、いつの間にか戻ってきていて、突然背後から「アイス食べてたらファイヤーで戻ってきたよいやまいった」などと言ってきたら、びっくりしますし、何を言っているか混乱しますよね。

そうではなくて、「おーい、ちょっと大変。緊急事態!」などと叫びながら近づいてくれば、何事かと後ろを振り返り、友人が戻ってきたことをみとめて話を聞く準備ができます。

10年というごく短い時間英語圏で生活してきた身として、英語での日常会話で最も大事なことは「話しかける前に「Hi」と言うこと」つまり、話す前に相手の注意を引く。じゃないだろうか、と考えるに至りました。

そしてこれは、英語にかかわらず、どの言語でも同じです。ですから、この第一報の問題とは、英語力うんぬんではなく、基本的なコミュニケーションの作法ができていないことではないでしょうか。

パイロットの使った言葉の選択

次に、「Fire cargo Aft」という表現に注目してみましょう。

「Aft」は「After」の省略で、最後が「ft」と子音が連続しています。こういうのは、無線では音が落ちてしまってほとんど最初の「A」しか聞こえていません。「ふぁいやかーぐあー」みたいに聞こえませんか。

なぜパイロットは、こんな表現をしたのでしょうか。

それはおそらく、飛行機の警告灯についた「FIRE CARGO AFT」という表示をそのまま読んだからでしょう。緊急事態に直面してテンパっているパイロットにとっては、そうすることが最も簡単だからです。

また、日本語には、形容詞が後ろからかかる用法がないので、日本人には余計に難しい表現です。「After Cargo Fire」と言った方がむしろ日本人にはわかりやすいかもしれませんが、こうするとAfterが前置詞になってしまうので「カーゴファイヤーのあとで!」みたいな意味になってしまい、もし日本人パイロットが英語を母語とする管制官にこう言った場合、違う意味で誤解を生みそうです。

パイロットとして、気持ちはわかる

Maydayを言わなかったことと、コクピットの警告表示をそのまま伝えたことが、最初の一言で状況が伝わらなかった要因と言えそうです。

Maydayを言わなかったのは、できるだけ外へは問題を大きく言わないパイロット独特のマッチョイズムか、その後の書類仕事が頭をかすめたのかもしれません。その後の「We'd like to vector back to narita」が早口で消えていくような口調であることからも、問題を大きくしたくないような心情が読み取れるような気がします。

私もパイロットのはしくれですから、気持ちはわかります。*とってもわかります。

しかし、一番大事な「緊急事態発生」が伝わらなかったのが、パイロットのマッチョイズムによるものだったとしたら、これは正当化できるものではありませんし、するべきでもありません。

*どうしてそんなにわかるのかは、後述します。

実は、ちゃんと英語ができている管制官

1:15 管制官 Say again 1回目

当然管制官は、Say againと言ってリクエストをもう一度聞こうとしています。

個人的には、英語を母語とする管制官であっても、この状況なら慎重な人なら同じように聞き返すか、Confirmするんじゃないかなと思いますが、まぁどちらにせよ、この管制官は聞き返す判断をしました。

しかし、パイロットは「Can you give us a vector back to Narita at this time?」と「成田に引き返したい」という情報だけを繰り返しました。ここでもメイディを言っていません。

想像ですが、ここで管制官は、スタンダードフレーズにない「Can you give us a vector back to」の部分に自信が持てずに、Naritaという単語だけを聞き取ったのではないでしょうか。

1:20 管制官 Say again 2回目

火災という情報が抜けたので、緊急事態が発生したことが伝わらないまま、管制官は、「Naritaがどうしたって?」という意識でもう一度聞き返しています。そして、返答はPMかFOの「No go down. Get a vector back to the airport?」です。おそらく、最初の「No go down」はクルー同士のやりとりで、その後に「ベクターでエアポートに戻して!」と言ったのでしょう。

Say againでものすごく意識を集中して聞き取ろうとしているところに最初の「No go down!」が入ってしまったので、その後の「Vector back」が落ちて、「Airport」だけが頭に入りました。

1:40 管制官 Say again 3回目

「Naritaがどうしたって?」と「Airport」を組み合わせたら、当然、「成田空港」について何か言っているんだと結論づけるでしょう。

「Vector back」が入ってこなかったのは確かに英語に不慣れというのもあります。何度も出てきているので、ここはパイロットとしては拾って欲しいところですが、上記の背景を理解すると、単に管制官の英語力を責められません。また、この管制官はこのとき、完璧な英語で自分の疑問を提示しています。

1:40 Say again your concern about the airport?
「空港がどうしたって?」

「concern」も「about the」もスタンダードフレーズにはありません。とっさに正しい疑問文を作っています。この管制官は「英語ができる」のです。ちなみに、Youtubeの字幕はこれを拾えていません。

Say againが多いので、英語ができていないような印象がありますが、注意深くやりとりを追っていくと、実際に管制官は英語でちゃんとやりとりをしていることがわかります。ただ、内容を誤解しているだけで、それは管制官の英語力だけが原因ではないのです。

Say Againの繰り返しは悪手

ただし、管制官がSay Againに頼りすぎていることが気になった私は、続いてこんなツイートをしました。

ぺらぺらっとしゃべられたプレーンな英語に、ただ「Say again」と言っても、同じようにぺらぺらっと喋られるだけか、悪くすれば今回のようにどんどん情報が変わっていくので、混乱するだけのことが多いのです。

対策のひとつは、Confirmにこちらの意図をくっつけてAffirm(Yes)かNegative(No)で答えさせることで、それは動画内でもやっていますが、実はスタンダードフレーズに、「Speak Slower=もっとゆっくり話して」があるのです。

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そもそも言われたことが正確に聞き取れないことが問題なら、「Speak Slower」は非常に有効です。相手に「あなたの英語は早すぎて聞き取れない」と気づかせることができなければ、いつまでたっても不確実でフワフワした情報を受け取り続けることになります。

相手は少しイラっとするかもしれませんが、こういうときこそ「職責」を忘れてはいけません。パイロットも、管制官も、正確かつ迅速にコミュニケーションするために堂々と「急がば回れ!」と言ってやればいいのです。

他山の石

個人的にこのケースは非常に勉強になりました。

火災警報が出たので空港に戻りたい。レーダベクターお願いします。

この単純かつ重要な情報を管制官にしっかりと伝えるには、まず今からスタンダードと外れたことをしゃべりますよ、という呼びかけが必要です。つまり、まず「Hi!」と言うこと。これがまさに「Mayday」の役割です。

正しくは、Mayday, Mayday, Mayday と三回言います。

これを聞いた管制官は、次に続く言葉を全身を耳にして聞くことでしょう。

緊急事態を宣言した飛行機には、最優先権が与えられ、管制官もこれを全力で支援することができます。逆に言えば、これを確認するまではその飛行機には優先権がつけられないので、管制官としてもしてあげられることが限られてしまうはずです。

今回の例でも、先ほどの管制官の「空港がどうしたって?」の返答で、ようやく管制官に全く意図が伝わっていないことがわかったパイロットが、やっとキーフレーズを言ったのが以下のところ。

1:44 パイロットが緊急事態を宣言

やっと「Declare emergency」と言います。Maydayと同じ意味です。スピーチの速度も少し落ちていますし、Vector backが伝わらないのでReturnという言葉に変えて、戻りたいというインテンションを最後に言っています。

その後の管制官の「スイッチの入り方」に注目してください。緊急事態でベクターか!とここでやっとわかるわけです。

Youtubeを客観的に聞いていれば、「いや、最初から言ってるでしょ」と言いたくなるかもしれませんが、実際にコミュニケーションをしている当事者だったらどう聞こえるか、想像してみることが大事です。

今回の事例をパイロットとして自分のオペレーションに落とし込むなら、

・できるだけ早くMaydayを言う(緊急事態の宣言と、「Hi!」の効果)
・ゆっくり、必要なことだけを言う。
・POBはできればMaydayと同時に言う。
・管制側が知りたいことを知る(POB、燃料、緊急車両など)

こんなところでしょうか。パイロットが期待することとして管制官の方に伝えたいのは

・機上の問題を解決する間、ベクターでナビゲーションの負担を肩代わりして欲しい
・最初の5分間くらいは、問題解決に忙しいので交信は最小限に
・緊急事態なら、だいたい救急車と消防車が必要
・パイロットの頭にあるのは降ろすことなので、降ろしたあとのお客さんのハンドリングをテイクオーバーしてくれる人たちが欲しい

こんなところですかね。

さて、以下の有料パートでは、Maydayを言わなかったパイロットの気持ちが「よくわかります」と言った理由と、そもそもなぜ今回の記事を書こうと思ったかについて、説明しています。

▶︎私も言わなかった


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