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日本の管制官は英語ができない、は本当か

先日、貨物便の火災警報が鳴って成田空港に引き返すインシデントがあったようで、その無線のやりとりがYoutubeに上がってきていました。

私は、ツイッターでこれを知り、こんな風に感想を書きました。

ごく自然に、この事例から何が学べるのかな、自分が同じ状況だったらどうしようかな、相手がいるコミュニケーションの話だから、自分が与える情報と相手が欲しい情報にどんな違いがあるのかな、という観点でこの事例を眺めていました。

しかし、他の反応を見ていると「日本人の管制官が英語のやりとりができていない!こんなんじゃ緊急事態に対応できない!」と怒っている人もいて、少し驚きました。

Youtubeで管制のやりとりが聞けるのは時代の流れを感じますし、とても興味深く、自分のオペレーションに落とし込むのにとても便利ですが、SNSの暗黒面の常で、これでは管制官やパイロットを責めるための道具に成り下がってしまいます。

日本人の管制官はちゃんと仕事をしている

結論から言って、私はこの管制を聞いて日本人管制官たちはしっかりと職責を果たしたと感じます。

管制とはコミュニケーションですから、最も大事なのは、情報のやり取りの正確さです。迅速さも大事ですが「急がば回れ」を引くまでもなく、正確さを欠いた「速さ」は単なる時間の無駄です。正確さを担保できる範囲内で、できるだけ速やかに通信をするべきです。

その点で、相手のインテンションを正確に理解しようと、何度も聞き返した管制官は、最後までその職責を放棄しなかったと言えます。あのとき、あの便の管制に責任を持っていたのは彼(女)らだけなのです。

緊急事態のコクピットの様子

確かに、あのパイロット(おそらく母語は英語でしょう)の立場に立てば、もっとさっと英語を理解して欲しい、と思う気持ちはわかります。

なぜなら、緊急事態になったらコクピットはめちゃくちゃ忙しくなって、ATCに状況を伝えるより重要な仕事が山ほどあるからです。上記の事例は、その中でも緊急度が図抜けて高い機内火災でした。

機内で火災が発生したら、問答無用で酸素マスクをつけなければなりません。つけてみるとわかるのですが、酸素マスクは息苦しくて、ファイヤーやスモークの場合は酸素が強制的に出てくる設定にする(急減圧の場合は吸えば出るだけの仕様)のが一般的で、非常に喋りづらい。

また、酸素マスクについているマイクが直接自分の呼吸音を拾うので、息を吸うたびにダースベーダーを20倍強烈にしたような擦過音が耳に入ってきます。それも、パイロット二人分。これを防ぐために、酸素マスクをつけた状態ではホットマイクを切って、自分が喋るときだけ手動でマイクをオンにして喋ります。

音声をよく聞くと、声がこもっていたり、クルー同士のやりとりとおぼしきところが混ざっているところがありますが、おそらくマスクをつけて、通話すスイッチを操作しながら話しているのでしょう。喋るだけでも大変な手間なのです。

それを言っちゃあおしまいよ

ですから、スタンダードフレーズの間を埋めるために、自然言語としての英語が航空管制に使えることには、確かに安心感があります。それは、私もわかりますし、同じように感じます。

しかし、その安心感は、英語を母語とする人か、英語圏の日常を生きている人だけのものです。

英語を母語とする人や、英語圏での「日常」をすでに獲得している人(私自身も含みます)が、それを笠に着て、英語を使わない日常を生きている人に英語の「日常」会話を完璧にしろ、というのは「みんな、アメリカ人と同じ日常を生きろ」と言ってるのと同じで、信じられないほど傲慢な言説です。

日常は、世界中にあって、それぞれ違うのですから。

このような傲慢さこそ、良いコミュニケーションの最大の敵ではないでしょうか。

しかも、この管制官はあとで見るようにちゃんとプレーンな英語も話しています。そもそも管制官の職責とは、航空管制のスタンダードフレーズと文法に精通する事です。しかし、それに満足せずに、日常的に英語を必要としない日本の地で、しっかりと英語が話せる状態に持ってきているのは、日本の管制官ひとりひとりが真剣に努力しているからに他なりません。

***

とは言え、今回のコミュニケーションに当の管制官たちが満足しているかと言えば、そうではないと信じます。なぜなら、現実に明らかに無駄なやりとりが発生しているからです。

何が問題で、どうすればよかったのか、次回、上記のYoutube上の経過時間と出来事を並べて検証してみましょう。

次回に続く

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