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飛行機のスピードの話をわかりやすく

車で高速道路を走っています。スピードメーターが100km/hを指していて、目的地があと100km先だったら、あとどれくらいで目的地に到着しますか。

「そりゃ60分、つまり1時間後だろ何言ってんだあほか」

そう、車なら簡単ですね。

しかし、こと飛行機となると、こう単純にはいきません。ふわふわした空気の中を飛んでいる飛行機のスピードを正確に測ることは、意外と難しいのです。今回は、混乱しやすい「飛行機のスピード」の種類について、できるだけわかりやすく語ってみたいと思います。

今回は、全文無料記事です!

飛行機のスピードは大きく3つ!

この写真をみてください。

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この計器には、飛行機の速度が3つ表示されています。オレンジ色の丸で囲ってあるのがそれです。この写真では、右側にあるIASが186ノット、左側にあるTASが271ノットで、GSが300ノットと表示されています。

「ノット(kt)」は飛行機や船の速度の単位で、2倍したあと1割り引きにするとざっくり「km/h」になります。300ktなら600-60で540km/hくらいです。

全てこの飛行機が今出しているスピードですが、それが3つとも違う数字なのです。複雑でしょう。

このように、飛行機の速度には大きく分けて3つあります。本当は、5つなのですが、コンセプトを理解するには3つで十分。その3つとは、上の写真で示した通りIAS、TAS、GSです。順番に見ていきましょう。

IAS:Indicated Air Speed(指示対気速度)

車のスピードは、道路に接しているタイヤの回転数を拾って計っています。タイヤの円周長は決まっているので、それが1時間に何回転するかがわかれば時速がわかります。それを運転席のスピードメーターに表示させているわけです。

ところが、車と違って空気の中を浮かんでいる飛行機では、同じ方法は使えません。どうやっているかというと、自分が進んだときに前からくる空気の圧力を計ることで間接的に測っています。

この情報は、コックピットのAir Speed Indicator(ASI)つまり速度計に「ノット(kt)」という「速さのラベル」を貼って示していますが、実際はただの圧力計です。

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このようにして得られるスピードを、Indicated Air Speed(IAS)と言います。日本語では、計器の針が「指示して」いる速さだから指示対気速度です。

TAS:True Air Speed(真対気速度)

さて、車のタイヤは、転がった距離=進んだ距離ですから、スピードメーターに示されるスピードと、車が進むスピードにはほとんど誤差はありません。しかし、空気は、道路と違って「ふわふわ」しています。ですから、飛行機ではスピードメーターの表示と実際に進むスピードの関係も「ふわふわ」したものになり、誤差が出ます。これが、二つ目のスピードであるTAS:True Air Speedを考える理由です。

TASの理解はパイロットにとってとても大事なのですが、わりと理解がしづらいので、少し長くなりますが例で説明してみましょう。

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胸まで深さのあるプールの中を、ザブザブと歩いているとします。自分が前に進むことで、前方から「圧力」を感じるはずです。これが前述のIAS:指示対気速度に当たります。

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そこで、どのくらいの「IAS」があるかの目安として、下敷きのような板状のものを自分の体の前、ちょうどお腹のあたりに当てがうとします。水の中で、ある一定以上のスピードで前に進めば、下敷きは落ちないはずです。

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自分が止まったら、前からの「圧力」は無くなってしまうので、下敷きは落ちてしまいます。つまり、IASは「ゼロノット」になります。

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さて、プールの末端にある階段を上がって自分の体が水から出てしまったらどうでしょうか。下敷きは落ちてしまいますね。自分は今までと同じスピードで進んでいるのに、なぜでしょうか。

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それは、水と空気では密度が違うからです。自分が同じスピードで前に移動しても、通り抜ける流体の密度がスカスカだと、それまで感じていた「圧力」が小さくなってしまいます。その結果、下敷きは落ちたのです。

下敷きが落ちたということは、IASはやはり「ゼロノット」を指しているはずです。しかしこの場合は、自分の体が止まったわけではありません。この時、実際に自分が進んでいる速さが、TRUE Air Speed、つまりTASです。

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IASとTASが別物であることの、例え話による説明でしたが、どうでしょう、分かりましたかね。

大気の中も、のぼるとスカスカになる

水と空気、ほどではないにせよ、大気にも密度の差があります。最も顕著なのが、高度による気圧の差です。

ある高度における気圧とは、その上にある空気の塊の重さのことですから、山に登ると空気が薄くなります。高高度を飛んでいる飛行機に穴が開けば、ものすごい勢いで外に空気が流れ出ます。宇宙に行けば、気圧はゼロです。つまり、地球上では上昇すると、空気がスカスカになっていくのです。

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プールの話は、水と空気という、ものすごく極端な密度差の話をしましたが、「のぼるとスカスカ」という点では地球の大気も同じです。プールの例では、それが一発で急激に起こり、下敷きが落ちてしまいましたが、大気の場合は高度を上げていくごとに段々と「スカスカ」になっていくので、言ってみれば、下敷きがお腹に張り付く力がだんだんと弱くなっていくのです。

IASを維持して昇ると、TASが増える

逆に、下敷きが張り付く強さ(IAS)を常に一定に感じていたいとすれば、のぼりながら、実際に前に進むスピード(TAS)を少しずつ速くしていかなければなりません。空気がスカスカになる分、自分が前に早く進むことで、結果的に自分が感じる圧力を一定にするのです。

違う言い方をすれば、上昇中にコックピットの中の速度計を一定の速度(IAS)に保ちたいとしたら、飛行機の実際の速さ(TAS)を徐々に増やす必要があります。

上昇中に速度を増やしたければ、方法は二つ。パワーを上げるか、ピッチを下げるか。通常、飛行機は一定のクライムパワーで上昇するので、この場合はピッチ、つまり機首を下げて、上昇の角度をなだらかにすることで前に進むスピードを稼ぎます。

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そうすることで初めて、上空のスカスカの空気の中を通っても、地上付近で感じていた圧力、つまりIASを維持することができます。これは連続的に起きるので、飛行機の上昇する軌跡は、上昇するに従ってなだらかになっていきます。

上昇の限界!

さて、さらに上昇を続けると空気はどんどん薄くなってきて、上昇勾配はどんどんなだらかになり、やがてこのパワーではこれ以上昇れない、という高度に到達するでしょう。ここが、この飛行機の、そのときの重量とパワーにおける上昇の限界です。逆に言えば、この高度でクルーズ(巡行)に入れば、同じパワーで、空気の中を実際に移動するスピード(TAS)が最も速くなります。

旅客機が高く高く飛ぼうとする理由がこれです。エンジンを吹かす時間を少し増やしてでも、最初にできるだけ高く昇り、その後でスカスカの空気の中を飛ぶ時間をできるだけ長くすることでTASを稼ぎ、燃料を節約しながら目的地に「早く」到着しようとしているのです。

どのくらいの差が出るか、冒頭の写真をもう一度見てみましょう。

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前回の記事でも書きましたが、私の乗務するATRの運用限界高度は25000ftです。つまり、この飛行機が最も高く登れる高度においては、IASが186ktであるのに対し、TASが271ktと、100kt弱も違います。100ktとはだいたい180km/hですから、だいぶ違いますね。

ATRはターボプロップと言って、タービンエンジンに巨大なプロペラをつけることで出力を稼ぐ形式を取っています。軽く、燃費がいい割に巨大な推進力を得られるのが特徴ですが、パワーの絶対的な大きさは、ターボファンエンジンを搭載したボーイングやエアバスなどには敵いません。

ターボファンがターボプロップより高く飛ぶのも、零戦がB-29を撃墜できなかったのも、ひとえにエンジン出力の差だということができるでしょう。

GS:Ground Speed(対地速度)

最後に、Ground Speedを軽く。GSは簡単で、TASに向かい風、あるいは追い風成分を足したものです。

飛行機は空気の中を飛ぶと言いました。そして、空気はそのものがいつも動いていることはご存知の通りです。風ですね。つまり、風はいつもいつも吹いているので、A地点からB地点に移動するときの実際の時間は、GSで出す必要があります。

ナビゲーションでは、一応予報の風で計画を立てますが、実際の風は変化するので、A地点からB地点に行く間にチェックポイントを設けて、その通過時間を実測することで、計画時に立てたGSと実際のGSが合致しているかを常にチェックします。もし、実際より向かい風が強いと、実際のGSが遅くなって、計画よりも到着が遅れ、その分燃料を余分に使うことになるので、注意が必要なのです。

ちなみに、TAS的には高い高度に上がりたくても、その高度で向かい風が強い時は、あえて低い高度で計画することがよくあります。低いと空気が濃いのでTASは落ちますが、上空より向かい風が少なければGSが稼げます。両者のバランスをみて高度巡行高度を決めます。

現代の飛行機は、GPSで直接対地速度を測ることができるので、GSも常に表示されています。

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GS 300ktの下にある矢印は風で、ほぼ追い風の30kt。TASの271ktと比べても辻褄が合っていますね。これは当たり前で、コンピュータがGSからTASを引き算して風を出しているからです。

GSの実測値をチェックポイントで出すか、GPSで出すかの違いはありますが、GSが判明した時点で、結果的に風が判明するという順番は、今も昔も変わりがないのです。

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いかがだったでしょうか。ちょっと長くなりましたが、できるだけわかりやすく説明したつもりです。次回は、今回の内容を踏まえて、この知識を実際のオペレーションでどう使っているのかを紹介します。

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