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短編小説「銀河ステーション」前編《銀河鉄道の夜》オマージュ作品

※宮沢賢治「銀河鉄道の夜」をオマージュし、賢治の文章を時折ちりばめて書いた、短編小説です。


中学三年生の「賢一」は、母親と三人暮らしだった。
小さな妹の面倒をみる毎日。付き合いの悪い賢一から友達も離れていく中、鬱々とした日々を送っていた。

そんなある日。
家を飛び出した賢一は、美しい銀河を走る列車にひとり、乗り込んだ…。


中学校の休み時間にクラスメートが言いました。


賢一けんいち、お前今日の花火、来れるか?」


クラスの男子数名で、近所の公園で花火をやろう、と前々から計画していたのです。


「あ…うん、行かれれば。あっ行きたいんだけど…でももしかして母さんの仕事が…」


「やっぱ、どうせ来ないでしょ。まあ、一応言っとくけど、集合は六時半。いつもの公園。」


「あ…待てよ行くって!花火も買ってあるし…」


賢一は言いましたが、クラスメートは行ってしまいました。


賢一は中学三年生でした。
父親は二年前に病気で亡くなったので、母親と五歳の妹、美紀みきの三人家族でした。母親は夜遅くまで働いているので、妹の面倒はほとんど、賢一がみていました。

花火の計画は、以前から母親に話していたことでした。早く帰れるよう職場の人に言うから、と言ってくれたのですが、前日になって母親の会社で仕事上のトラブルが起きてしまったのでした。


「頑張って早く帰れるようにしたいんだけど…いつも本当にごめんね賢一…」


早朝、母親は慌しく出掛けて行きました。

賢一はもう今日は無理だなと思いましたが、口には出しませんでした。
しかしそれでも、学校が終わると大急ぎで、美紀を迎えに保育園に走りました。
美紀の手を引いて歩く速さも、いつもより速くなっていました。


「ね、おにいちゃん。きょう、なんでそんなに、いそいでるの?」


美紀が不思議そうに聞きました。


「えっ、ああ…何でもないよ。」


賢一は花火の計画を、美紀には話していませんでした。クラスの男子の集まりなのに、美紀がついて来ると言い出したら困るからでした。


「なんかあるんでしょー!ミキに ないしょなの?!ずるーい!」


美紀は賢一の腕にぶら下がりながらいいました。通園バッグに付けたキーホルダーの束がカチャカチャ鳴りました。


「いや、何でもないよ。あっ、えっとお腹空いたろ?今日は焼きそばだって。」


「わーい!やきそば!ミキ、だあいすき。」


どうにか話を逸らすことができ、賢一はほっとしました。

帰宅し、すぐに冷蔵庫から母親が作っておいた焼きそばを取り出しました。レンジで温め、美紀と二人で食べ終わったのは六時前でした。

やっぱり、帰ってこない。


「ねえ、おにいちゃん、このえほん、きょう、ほいくえんでもらったんだよ。ミキがよんだげるから、そこすわって。」


美紀は生意気な口ぶりで座布団を指差しました。
「ああ…ちょっと、後でな。」


賢一は上の空で答えました。


「ダメッ!いまなの!はーやーくっ!」


美紀が賢一の腕を引っ張ったので、賢一は仕方なく座りました。


「はい、じゃあ、はじまるよ、の、おうた、うたいましょうね」


美紀は先生のように言いました。しかし賢一はやっぱり上の空で、時計を見つめていました。


まあ、いつものことなんだけど。結局、こうなるんだ。分かってたんだけどね…

遂に時計は、六時半を指しました。


賢一は、小さな溜息を洩らしました。


「さ、美紀。風呂入るぞ。」


賢一は元気に言い、タオルを取りに行きました。


「えーっ、まだあそびたいよー。」


「だめだめ。さ、入るよ。」


「やあだ。やあだよー!」


賢一にいつもと違う何かを感じたのでしょう。美紀はいつになく、ぐずり始めました。

「あたま、あらうのやあだ。」


「何言ってんだよ。洗うの。ほら、目つぶって。」


「やあだ、やあだっ!!」


「美紀!いいかげんにしろよ!」


賢一は少し声を荒らげました。すると美紀はついにぐずぐず泣き出してしまいました。
賢一は黙って、美紀の頭を洗いました。


美紀を寝かしつけるのも賢一の役目でしたが、寝つきの悪い美紀にはいつも苦労させられていました。
その日も賢一は絵本を読んであげたり、無理やり布団に入れたりと、何とか工夫して寝かせようとしましたが、眠そうな様子は全くありませんでした。


「ねえ、おにいちゃん、いまねぇ、ほいくえんで、おどってるの。チョウチョさん。ほら!」


美紀は両手を広げ、手を振り回しながら部屋中を踊り回りました。


「チョウチョさんはおしまいだ。もう寝る時間だよ。ほら、お兄ちゃんがお話してあげるから。」


「ヒララ、ヒラ、ヒラ…」


「美紀!!」


美紀はぴょんぴょん跳ね回りながら、笑っていました。


「ほら、おにーいーちゃん!」


美紀は楽しそうに大きくジャンプしました。そのときです。


「あっ!!」


振動ですぐそばのタンスに乗せてあった写真たてが倒れ、美紀の上に落ちてきました。
写真たては美紀の額をかすめて床に落ち、パンと音を立てて割れました。
一瞬の間があり、美紀が泣き出しました。


「うわーあん、うわーあん!!」


「大丈夫か?!おい、お兄ちゃんに見せてみろ!」


賢一は駆け寄り、傷を見ようとかがみましたが、美紀はしゃがみ込み、額をしっかり押さえて離しません。
しかしその指の隙間から、血が滲んでいるのが分かりました。


「おい、手を離せよ!みてやるから。」


「うわーあん!うわーあん…」


そのとき、玄関の扉が開く音がしました。


「ただいまー、賢一ごめん…あら?!どうしたの?!」


母親でした。鞄を持ったまま、慌てて寝室に駆け込んできました。


「どうしたの?!」


賢一は黙って立ち上がりました。


「まあ、みいちゃん、大丈夫?!一体何があったの?!」


「うわーあん、うわーあん!!」


「血が出てる!どうしよう…消毒…賢一、これどうしたの?あっ、賢一?!待ちなさい、賢一!!」

賢一はマンションの外に飛び出しました。
自分でも何故逃げ出したのか、分かりませんでした。ただ、居たたまれなくて、その場からいなくなってしまいたいと思ったのでした。


暗い住宅街を、賢一はただひたすら走りました。息が切れ、裸足に突っかけたスニーカーが擦れて痛かったのですが、かまうもんかと走り続けました。


「僕、高校受験しないで就職するよ。そしたら母さんは仕事を辞めて、美紀の面倒をみればいいじゃん。」


「それは絶対にダメよ。母さん今まで以上に頑張るから、賢一は自分の人生を生きなさい。」


こんな会話を、ここ数ヶ月、何度繰り返したでしょうか。
しかし賢一は、何とか母親の力になりたいと思いながらも、今の生活に苛立ちも感じているのでした。

僕は就職する、なんて言っておきながら、もし本当にそうしたら、母さんや美紀のことを恨みはしないだろうか。
美紀を荷物に感じてしまうこともある。イライラをぶつけてしまうこともある。
本当は美紀も母さんのことも放っておいて、何もかも放り出して、逃げ出してしまいたい…僕は、本当は冷たい人間なんだ。

でも同級生は僕みたいな生活をしていない。みんなもっと自由に、無責任に生きているじゃないか。

どうして僕だけ家族に縛られているんだ。不公平だ。

母さんだって、いつも僕にごめんねごめんねって言うだけで、結局美紀の面倒をみるのは僕じゃないか。だから友達も減ってくんだ。

賢一はいつもそこまで考え、そんな自分に嫌気がさしてしまうのでした。


賢一は、低い丘の入り口に着きました。細い石段を登って行くと、頂上には送電線の鉄塔があるのです。一人になりたいときにいつも来る場所でした。

賢一は一度も止まる事無く一気に駆け上がり、あっという間に頂上に辿り着きました。

そして鉄塔の下の、少しひらけた草っ原に身体を投げ出すと、目を閉じ、荒い息を整えました。
賢一は自分の心臓の音が辺りいっぱいに響いているのではないかと思いました。
初夏の草の匂いが夜の湿気と混ざって、濃密な香りとなり、辺りに漂っています。


もういいや。母さんも美紀も、もういいや。


賢一は額の汗を袖口で拭い、目を開けました。見上げると鉄塔の先からはたくさんの電線が伸びています。その向こうには、曇った、灰色の夜空が見えました。

賢一はしばらくぼんやりと、空を眺めていました。上空は風が強いようで、雲はどんどん流れていました。
賢一の汗で濡れたTシャツが乾き、夜風が冷たく感じてきた頃です。


「あ…」


みるみるうちに空が晴れ、やがて雲一つない星空になりました。
しかしその向こうには、いつもの何倍もの星が見えていたのです。
この辺では決して見えない天の川も、白いもやのように空にかかっていました。
まるで、ダイヤモンドがたくさん入った箱を夜空にひっくり返したような美しさで、賢一は小さな頃両親と旅行で行った、盛岡の夜空を思い出しました。


そのうち、黒く幾重にも重なって見えた電線が、少しずつ空に溶けて見えなくなり、最後には鉄塔も、影も形も無くなってしまいました。
そしてさっと冷たい風が吹いたかと思うと、突然辺りが目も眩むような明るさになり、不思議な声が聞こえてきたのでした。


(後編に続く)


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