浜田広介「泣いた赤おに」(オマージュ短編)
「ひろすけ童話」と呼ばれ、今もなお親しまれる、美しい童話の数々。
代表作「泣いた赤おに」の、続きの物語を書きました。
どのくらいの間、赤おには、そうしていたでありましょう。
朝つゆにぬれていた、やまゆりが、日ぐれのひかりにてらされました。
赤おには、ついに、とぼとぼと、がけの下のじぶんの家に、帰って行きました。
次の日も、その次の日も、村人たちは、赤おにの家に、やってきました。
赤おには、おいしいお茶を、わかしました。おいしいお菓子も、だしました。みんなとたくさん、おしゃべりもしました。
けれども、ちっとも、たのしくありません。
きゅうに、げんきがなくなった、赤おにを、村人たちは、心配しました。けれども、わけをきいても、赤おには、こたえませんでした。
あるばん、赤おには、うすいふとんの中で、かんがえました。
「青くんは、いっていたな。ひとつの目ぼしいことをやりとげるには、どこかでか、いたい思いか、そんをしなくちゃならないさ。だれかが、ぎせいに、身がわりに、なるのでなくちゃ、できないさ。…そう、なるほどたしかに、そうなった。だけどぼくは今、ちっとも、たのしくないじゃないか。」
小屋のてんじょうの、いろんなシミがあわさって、なつかしい青おにの顔に、みえてきました。
「やっぱり、ぼくは、いこう。」
赤おには、まだ夜が明けないうちに、起きだしました。
つめたい水で顔をあらい、ふろしきに、わずかばかりの荷をつつみました。
へやの中を、きれいに片付け、半紙と筆を、とりだしました。
コレカラ タビニ デマス。シバラク ルスニ ナリマス。ムラノ ミナサマ
アカオニ
戸口のところに、はりだしました。
そして赤おには、夜明けに、家を出たのでした。
ながいながい、年月がながれました。
赤おには、青おにに、会えたのでありましょうか。
いいえ、まだでした。
いくつもの山をこえ、谷をわたり、雨ぐもにのって、赤おには青おにをさがしました。けれども、どこにもいませんでした。
どこへいっても、おには、人間に、こわがられました。赤おにの、すがたをみるなり、逃げていってしまうので、青おにを、みかけたかどうかなんて、とてもきけたものでは、ありませんでした。
とちゅう出会った、おにの仲間に、きいてみました。
「きのう、ここらで、見かけたよ。」
よろこんで、そこらじゅうをかけまわり、さがしてみました。けれども、入れちがいになったのでしょう、青おには見つかりませんでした。
夜はいつも、山のしげみや、岩あなで休みました。
さむいさむい、冬の夜。雪がちらつきはじめました。赤おには、まるくなり、がたがたふるえておりました。
「青くんは、もうこの世のどこにも、いないのでは、なかろうな。」
赤おにはときどき、そんなふうに、かんがえてしまうのでした。そのくらい、赤おには長い間、青おにを、さがしていたのでした。
そして、そんなことを、かんがえるくらい、年をとったのでした。
「もうだいぶ、つかれて、しまったな。」
赤おには自分の、老いて、ふしくれだった赤い手を、見つめました。
ある朝とうとう、赤おには、家に帰ることにしました。
赤おには木の枝でこしらえた、つえをつき、つかれた足をひきずるようにして、歩いていきました。
そして、ある日の夜おそく、ついに、がけの下に、なつかしいわが家をみつけました。
雪に半分、かくれていたので、ほかの人なら、わからなかったかもしれません。赤おには、入り口につもった雪を、手でかきました。
老いてはいますが、やはり、それでも、おにはおにです。人間よりは、はるかに力がありました。赤おには、えいやと、こおりついた戸を、ひきました。
つんと、かびくさい、においがしました。あちこちに、クモが巣をかけていました。木の皮でこしらえた、かべや天じょうは、だいぶ、はがれて、ところどころ、くさっていました。
けれども、おうせつの間の、まるいしょくたくや、いす、赤おにのえがいたあぶら絵などは、むかしのまま、のこっていました。
赤おには、だんろに火をいれようとしましたが、まきは、すっかりしめっていて、うまくいきませんでした。
「ああ、でもそとの、こごえるような木の下より、どんなにか、ましだろう。」
赤おには、しめったうすいふとんにくるまりながら、つぶやきました。わが家は、すっかり、いたんではいましたが、ふり続く、雪をしのぐには、じゅうぶんでした。
つぎの朝、日がのぼったころ、赤おには、目をさましました。
しばらく赤おには、ぼんやりそとを、ながめていました。雪は、やんでいて、木々のすきまから、青く、すみきった空が、見えました。
いちめんまっ白で、そこらじゅう、日のひかりでキラキラと、まぶしくかがやいておりました。
「そうだ、これから、青くんの家にいってみよう。もしかしたら、青くん、もどっているかもしれないな。」
そうかんがえると、赤おにはすこし、げんきが出てきました。
はりきって立ち上がると、家の中をかたづけました。いたんだかべや天じょうをなおし、やねの雪も、おろしました。
そしてすっかりきれいになると、くろうして火をおこし、おおきな、にぎり飯をつくりました。青くんのぶんもと、たくさん、ふろしきにつつみ、背中にくくりつけました。
青おにの家は、とおくの山おくの、岩あなにあります。赤おには、つえをつき、山をいくつか、谷をいくつか、こえてわたっていきました。
山おくのやぶには、松の木があり、ふとい枝から、ときおり雪のかたまりが、おちてきました。
なんどもすべりながら、赤おには、高い岩のだんだんを、いそいでのぼっていきました。
そして赤おには、岩あなのところにつきました。
「おかしいぞ。たしかに、ここに、あったはずだが。」
青おにの家を、わすれるはずがありません。ここに、たしかに、戸口があったのです。
「岩が、くずれてきたんだな。」
赤おには、おおいそぎで、岩をどかしはじめました。これが思ったよりも、たいへんでした。赤いかおが、さらに赤くなりました。
雪のなか、あせをかきかき、がんばると、ようやく木でできた戸が、みえてきました。戸は長い年月で、すっかりくさり、ぼろぼろになっていました。
赤おにはすき間からのぞいてみました。
「おうい、青くん。おうい。」
バリバリと戸をこわし、むりやり中に入りました。くらやみに目がなれてくると、岩あなの中には水がたまり、コケが生えているのがわかりました。こんなところに、だれがすまうでしょう。
もちろん、青おにのすがたは、ありませんでした。
「ああ、よかった。うまっていたのでは、なかったぞ。」
赤おには思いましたが、すっかり、くちはててしまっている、青おにの家をみて、かなしくなりました。
「わかっていたんだ。いるわけない。」
かたをおとし、赤おには、帰っていきました。
赤おには、背中のにぎり飯のことを、思いました。朝は、すっかり、青おにに会えるきがして、にこにこしながら、にぎったのです。けれども、ひとりでは、ちっとも、たべるきがしませんでした。
赤おには、うなだれ、あるいていきました。もし、そのようすを見ているものがあったら、かけよって手をかし、かげんが悪いのかと聞いたことでしょう。赤おには、朝よりもいっそう、老いて見えました。
ゆっくり、もくもくと、長い時間かかって、赤おには家にたどり着きました。そして力なく、いすにこしをかけました。
赤おには、もう長い間、いくども、きたいをしては、がっかりしてきたのです。なれているはずでした。
けれども、ほんとうにもう、すっかり、つかれはててしまったのでした。だれだってきっと、そうなることでしょう。
赤おには、まるいしょくたくに、ひじをつきました。そしてそのまま、たおれこむように、ぐっすり眠りました。
「赤くん、赤くん。」
誰かのよぶこえで、赤おには、目をさましました。
赤おにを、しんぱいそうに、のぞきこんでいたのは、だれであろう、青おにでした。
赤おにとおなじように、青い顔にしわがきざまれ、老いてはいましたが、まちがいありません。あのなつかしい、昔の、たいせつな友だちでした。
青おには、五日ばかりまえに、長いたびから、もどってきたのです。そして、そのあしで、赤おにをたずねてきたのですが、荒れほうだいの家をみておどろき、こころをいためていたのでした。
青おには、自分の家が岩にうまっているのをみて、きゅうごしらえの、すみかを、ちかくの山に、たてていたのでした。そして赤おにが、もどってくるのではなかろうかと、毎日、見にきていたのです。
赤おには、立ち上がりました。がたんと、いすが、たおれました。
「青くん、青くん…」
すぐには、言葉になりません。
ふたりは、だまって、かたく、あくしゅをしました。
それから、赤おにと青おにを、見かけたものは、いません。
老いたふたりは、幸福そうに、手に手をとって、いずこへか、出かけていったのでありましょう。
(おわり)