強迫性障害と自殺願望
私は、両親に負担をかけまいとして自殺したのか。
それとも両親の存在を負担に感じて自殺したのか。
両親からの束縛が息苦しかった事は確かだ。
私がお酒を飲みすぎたりODしたりするのを防ぐための規制だったから、束縛ではなく保護と言える。
それに最初から何もかも規制されていたわけではないんだ。
飲酒欲も、最初は無かった。
大学に入ってから、強迫性障害の症状は徐々に軽くなっていった。
しかしそれとは別に、「リセット」は定期的に行っていた。
相変わらずリセットにおいては、完璧主義の症状が重くなる一方だった。
大学の体育の授業が終わってからの着替えに、40分かかる。
「リセット」は毎回、
“これを人生最後のリセットにする”
という意気込みで臨む。
リセット直後は神経症の症状が軽くなる。
しかし徐々に再び落ち着かなくなっていき、更なる力を入れたリセットが必要になってくる。
当然、いつか限界を迎える。
それが大学2年生の夏だった。
7月の中旬、その時も私は人生を賭けたリセットに没入していた。
そしてそのリセットを終えたときに感じた。
「失敗した」。
このリセットは完全ではない。
もう一度やり直さなければいけない。
けれどこれ以上力を入れたリセットは、もうできない。
絶望感が襲ってくる。
もうこれ以上は、脳の不快感に対して手を尽くせないという閉塞感。
強迫性障害のどん詰まり。
「あぁ、私がこの不快感から解放される日は来ない」
と、脳が理解した。
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