大つごもり
📕『大つごもり』
樋口一葉 1894
「…お峯が引出したるは唯二枚、残りは十八あるべき筈を、いかにしけん束のまま見えずとて底をかへして振へども甲斐なし、怪しきは落散し紙切れにいつ認めしか受取一通。(引出しの分も拝借致し候 石之助)…」
幼い頃に父母を亡くし、貧しい八百屋の伯父に引き取られた「お峰」は、伯父の負担を少なくし家計を助けるために18歳で奉公人となった。12月にお暇がもらえたため、伯父の家へ帰宅する。伯父は病気であり、弟同然に可愛がっていた8歳の従弟「三之助」も痩せ細りながら、父親の薬代を稼ぐため寒空の中、蜆を売り歩いていた。伯父は山村家から給金の前借りをする約束をしていた。山村家の息子「石之助」は、継母(御新造)と折り合いが悪く、父の愛も薄かった。ごろつき仲間と派手に遊んだり、散財したりする生活で、金がつきると家に帰ってきてまた金を無心に来る放蕩者だった。石之助が家に来て機嫌が悪くなった御新造は、先日はお峰の前借りの申し出を承知したようなことを言ったにもかかわらず、忘れたふりをし「私は毛頭すこしも覚え無き事」とお峰に金を貸してくれない。いたいけな三之助がお金を受け取りにやって来て、切羽詰まったお峰は、山村家の硯の引き出しの札束の中から1円札2枚を盗んでしまう。
「…拝みまする神さま仏さま、私は悪人になりまする、成りたうは無けれど成らねば成りませぬ、罸をお当てなさらば私一人、遣ふても伯父や伯母は知らぬ事なればお免しなさりませ…」