たそがれ清兵衛
📕『たそがれ清兵衛』
(初出:『小説新潮』1983年9月号)
藤沢周平
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筆頭家老の堀将監は、能登屋と結託して専横を極め、自分に批判的な藩主の交代まで画策していた。行く末を憂う家老杉山頼母は、反堀派を秘密裏に集めていた。
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「堀を無傷で会議の席から帰しては、こちらの負けじゃ」、「さよう、上意討ちにかける」、「さて、あとは誰を討手に選ぶかじゃな」
・・・
寺内権兵衛が口を開く。
「その役目、井口清兵衛に命じられてはいかがかと思われます」、「たそがれ清兵衛という渾名で、一部にはよく知られている男でござります」
・・・
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井口清兵衛は、下城の合図と同時に帰宅し、昼間は居眠りをし、夕方になると元気になるという意味で、「たそがれ清兵衛」と陰口をたたかれていた。だが実際は病妻の奈美の介護と奈美の為の炊事に大きな価値を置いていたのである。介護を理由に上意討ちを断わろうとした清兵衛であったが、褒美として療治への援助の約束と、午後六時から介護があるのでその一時間後でもよい、との条件で引き受けることとなった。
⏳
堀将監は会議を抜け目なく自派強化の宣伝の場に使っていた。そして能登屋から金を吸い上げればよい、として会議を切り上げようとした。
「お待ちあれ。今一項の不審がござる」
井口清兵衛はまだ姿を見せていないが、ここで会議を散らしてしまえば、反堀派の敗北である。杉山頼母は、堀を弾劾している間に清兵衛が間に合えばと運命を賭けた。寺内権兵衛とすばやく眼を見かわす。時刻はすでに五ツ(午後八時)を過ぎていた。
清兵衛は、まだ来ぬのか。
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🕯️✨🕯️✨
井口清兵衛は、手に風呂敷包みを二つ下げていた。ひとつには梨、柿。もうひとつの包みには洗い物と薬が入っている。
鶴ノ木の湯村のはずれ、松の木の下に女が一人立っている。妻女の奈美である。
「ひとりで歩けたのか」
「はい、そろそろと・・・」
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「おまえさま、雪が降るまでには、すっかり元気になるかもしれませんよ。はやく、ご飯の支度をしてさし上げたい」
🕯️✨🕯️✨
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