自分のことを書こうと思ったら書けなくなった
自分の過去を書く時に目的をもって書く事があると思う。
方向性というか、行き着くゴールに向かって書くということが。あると思う
コンテンツに、誘導するため。自分に価値を見いだして貰うため、ブランディングというか
私は資産があり、人脈もあり、毎日充実しています。もしくはその逆 借金があり、妻子があるがギャンブル狂であり、底辺の社畜である。
確かに、その方が面白いのかも
私は普通であり、ありふれた毎日を送っています。
普通 いや普通ってってならん?
結構普通は難しいので、普通に言わないでもらえます? だってカーストの中の大多数は底辺
これの平均は底辺ばかりで、サザエさんのマスオやクレしんのヒロシはもはや勝ち組
カイジこそ普通。
で、自分はどの辺か?
普通と言えるか?
と言われたら胸をはって言える 私はカイジよりは上
勝ち組だ。
本業でボーナス出なくて、仕事終わりに週2でバイトしてても日々、本業以外の収入を模索していても、勝ち組だ。
でも、老後に待ち受けているのは、
確実に孤独死
だって蓄えのない老人は誰も興味ないですよ
自分のじいさんも死ぬ前は叔父さん叔母さんが
よく来てたよ。本家だから。
みんな身に覚えある人多いと思うけど
死んだら誰も線香一つ挙げに来ない。
子供ながらに思ったよ これが現実だ。
相続すれば用無し。でも金があるうちは手厚く面倒見てくれるんだと…
決してひねくれたと思わない。只現実を見たのだ。
笑顔で集まるジジイババアの本質ってやつを
知っていた。じいちゃんは解ってた。
彼にとって、ジジイババアは自分の息子娘だから嬉しかったのは本当で、
じいちゃんは本当に喜んでいたと思う。
でも、私はじいちゃんの“遺言”である
「オマエは強いから人を助けろ」
「大勢に囲まれて死ね」
って言葉が呪術回戦では好きです。
芥見下々先生ゆっくり休んでください。
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