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【短編小説】きれいすぎる

偽善とかそんなふうに言うつもりはないけど、それにしても、きれいすぎる、とマチは思う。
祝日の図書館、カウンターの内側に立って、書架をわかめみたいにウロウロしている人たちを見ながら、やっぱ、そうなんだよなぁ。と頷く。

きゅうにこんな思考回路に陥ったのは、マチの視線に入る場所で、他の司書が、側面展示を作っているからだった。

司書は、印刷してきたばかりのポスターを大切そうに貼っていた。展示は、職員が持ち回りでやっている。今回の担当は今準備をしている司書だ。ポスターも自作なので、貼っているときに、利用者が横目でチラチラ見てくると、まぁまぁドキドキするし、正直見てくんな、と思う。無理な話だけど。

『本には力がある』と中央に1行書かれているポスター。背景は空。なんとなくエモを感じる雰囲気ポスターだった。どんな本を展示に出しているかは、正直見る気はしない。
それを見て、なんだかなぁ、とマチは思ったのだった。なぜそんなに、きれいな方に寄せていくんだろう。シンプルに言うと、つまんねぇなぁ、と思っていた。
マチは正直、本に力があるなんて思った事は無い。言葉は魔法なんて考えたこともない。結局人がすごいだけ。書いている人が凄いから、本も言葉も色を放つだけ。
主語がでかすぎる。
仮に「そう」だったとしても、マチには、そう思えるような純粋さはなかった。

図書館の中で、それぞれの時間を過ごしている人たちを見ると、マチは余計そう思うのだった。みんな、別にそんな大義名分を持って図書館に来てなんていない。言葉は日常の傍らにある。そんな人たちに、急に『本に力がある』とか仰々しいことを言ったって、刺さるわけない。

まぁ、だからといって、自分の持ち回りの番が回ってきたときにやる展示と言ったら、結局食べ物がどうとかそんな感じになってしまうのだけど。

「図書館は、基本的人権のひとつとして知る自由をもつ国民に、資料と施設を提供することを、もっとも重要な任務とする。」

これは、司書資格を取るときに大体叩き込まれる、そして図書館の事務室の中(すみっこ)に大体貼られている『図書館の自由に関する宣言』の一節だ。

図書館の中で、マチがこうやって(つまんねー)と感じる時、大体これを思い出す。
知る自由を、みんな持っている。
その知りたいことは、綺麗なものばかりでは無いはずだ。だとしたらどんなだろう?もっとまがっている?よどんでいる?ギラギラと目につきささるくらい、だったりする?

手っ取り早くパッカーと脳みそ覗けたらいいのになーとため息をついたマチの考えは、本を返しに来た男の子のおかげで止まった。

ひそひそと喋ってくれる利用者ばかりで、図書館の中は、ちいさな白波であふれているようにさわさわしていた。

おわり

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