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【短編小説】まぶしい
「行こう!」
大きな口を開けて、玲那が笑った。
昔、「くちさけおんな」とひどい悪口を言われて泣いていた玲那の面影は、もうどこにもない。
お互い就職してからしばらく会えてなかった。今日は久しぶりに、二人で学生時代よく行っていた食堂に向かっているところだった。
お店の目の前に来てやっと、今日が休みだという張り紙を発見する。
「どうしようかね」
そう言って私がさきに、周辺のお店を検索してみる。
学生時代によく来ていた場所とはいえ、この食堂以外は、大学構内で過ごしていたので全く詳しくない。
玲那はうーん、ファミレスとかでも全然いいけど、と口を尖らせている。少しだけ困った時の、玲那のくせだった。
変わっていなくて嬉しくなる。
「あ、いっこ見つけた」
そうこう言っている間に、徒歩10分のところにイタリアンのお店があるのを発見した。
ネットの画像をスライドさせていく。植物のツタが建物の壁一面に張り巡らされた外観。
私はなんとなく、初めて行くにはハードルが高そうな気がして、
「あーでも、どうだろ」
と呟いた。
そのまま相場や営業時間、レビューを確認してみる。今行こうとしていた食堂より少しは高いけど、特に問題はなさそうだった。
ただ、レビューの写真に載っている店内がまあまあ薄暗い。今時の、写真映えするような店ではないようだった。
「行こう!」
大きな口を開けて、玲那が笑った。
私は思わず、え、こんな感じの店内だけど。お店の人ゴリゴリに寡黙で気まずい人かも、近所の人しか入らないようなお店かも、と、自分で調べたくせに次々言ってみる。
「とりあえず行ってみようよ!レビューのお店の外見ると、いつも立て看出してるみたいじゃん?そんなお店がイチゲンサン?お断りとは思えないし。大丈夫大丈夫!」
そう言って玲那が、道も知らないのにぐんぐん進み出してしまった。しかも逆方向に。
「わ、分かった!私が道案内するから…!」
急いで玲那の体を掴んで軌道修正させる。
あは、ごめんごめん、と笑う玲那が、私には心からまぶしい。
なんでそんなに、ためらいなく、知らない世界へ飛び込んで行けるんだろう。
玲那は昔からそうだった。
私はそんな玲那を見て、なんで私が隣にいられているのか分からないまま、言葉にしたらこの魔法が溶けてしまいそうで、ずっと誰にも、聞けずにいる。
大きな口をあけて、玲那が次どっちー?と私に聞いてくる。
昔と変わらない口調で。
化粧を覚えて、昔よりも痩せて、綺麗になった顔と体で。
きらきらした、つややかな眩しさを直視できず、私は、少しだけ目を逸らした。
おわり