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【短編小説】桜の降る昼は
先週まであんなに満開だった桜は、もうかなり葉桜に変わってしまった。桜並木だった公園の一角は、夏に向かって準備しているように、太陽をさんさんと浴びていた。天気も良くて、正直暑い。桜の花びらの絨毯がそこかしこにあるけど、体が春と夏の間で困惑している。
声が聞こえたので目を向けると、花見をしそびれてしまった人たちが写真撮影をしている。かくいう自分も、そこに混ざりたいくらいだった。仕事が忙しくて、この公園にきたのは久しぶりだった。
あいにく、3才になったばかりの娘にスマホを奪われて、写真に収めることはできそうにない。当の本人は、せっかく公園に来たのに、スマホのなかのあんぱんまんから目を放しそうにない。誰に似たのかかなりのインドアで、今も、ぐずっていたところを無理やりだっこして連れてきた。
日曜日に一日中家の中にいさせるよりは、強引に外で太陽を浴びさせたほうがいいだろう。
少し風が吹くと、花びらはびっくりするほど散っていく。驚くほど綺麗だった。焚き火は、同じ形の火がないから飽きないとよく聞くけど、花吹雪もそうなんじゃないだろうか。
この先になにかが待っているような気にさせる。
「ふぁーふぁ」
気がついたら、娘も降ってくる花びらを掴もうと、むちむちの手を彷徨わせていた。取れるわけない、と言いかけたところで、その小さな手が確信を持ってむんず、と拳を作って、自分の目の前でばあっと手のひらを見せてきた。
小さくて可憐な桜の花びらが、すこし形を崩して娘の手の中にある。
「すげー」
思わずそう言うと、娘もきゃっきゃと大喜びする。家で留守番している妻に一刻も早く見せたくて、うおー、急げ、家に帰るぞー、花びら落とすなよーと娘を上下に、ゆっくりとシャカシャカする。
いつも通りきゃーと口を開けて笑う娘を見て、待っているものが辛くても、意外と大丈夫かもなと、普段なら想像できないくらい、心がふわふわとやわらかくなった。
おわり