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【短編小説】つきぬける晴天がほしい
雨が降ってきてしまった。
正月が終わって、日常が始まったと思った途端にこの土砂降りだ。雪じゃないだけまだましなんだろうけど、それにしても億劫だ。もしかしたら、雪の方がいろんな交通機関も止まってくれて、行かない言い訳になってくれたかもしれない。そう思いついてしまうとさらに身体が重くなった。もっとも、自家用車で通勤している自分には長い渋滞に辟易している姿の方が想像しやすかった。スタッドレスに変えていないタイヤにハラハラしながら、そろそろと運転させて結局職場に行くんだろう。雪でも。
現実に戻る。
視界が捉えづらくなっている。車の中から覗く世界に、救急車が突然現れた。車内の運転手が、あっと言っている。多分自分も、同じように口を開いていた。
お互いスピードは出していなかったので幸い事故が起こることはなかった。救急車は、反対車線のこちらに入ってきて、ずんずんと車の波をかき分けていく。通ります、と、人混みをかき分けるように喋る。雨は遠慮なく車をたたきつけている。これからどこに行くんだろうか。もう患者を乗せているんだろうか。昔、助手席に人がいるかいないかで、現場に向かっているのか病院に向かっているのかわかる、と聞いたことがあったけど、確認しそびれてしまった。
救急車が通り過ぎると、それぞれの車が元の車線に戻っていく。あっという間に、日常が戻っていく。
ふいに、晴れている日が恋しくなってしまった。つきぬけるような晴天がほしい。今すぐ。この視界に。無駄なことは分かっている。でもだからと言って、願うことを辞めることもできない。この世の大体のことが、そうであるように。
仕方なくアクセルをじわりと踏んだ。前の車に合わせて、速度を上げていく。今日は始まったばかりだ。
おわり