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最も個人的な記録。できないことを楽しみたがる魂の選択【note100日間継続・19日目】
本当に個人的な話題です。
これが誰にでも当てはまるとは思いません。
でも、もしかしたら似たような魂さんはいるかもしれない。
私は出来ないことが少し出来るようになるとその事から離れる、というパターンの人生をやっているような気がしていました。
セッションでもそうです。
とあるヒーリングのモダリティが、どんなに調子が悪くても一定のクオリティを保って出来るようになり、結果、離れてしまった。
セッションの企画もそう。新しいサービスのモニターを始めて、出来るようになったらモニター中でも終了。
他にも、振り返ればいろんなことがそんな感じだったと思います。
これは全く意図していないので、自分の欠点だと思っていました。
一方で、「体験」がしたいタイプの魂なんだろう、ということは感じていました。
ーー
今日、あることがうまくできるように意識して体を動かしていたら、突然わかったことがあって、泣きそうになりました。
わたしは「できる」「できた」を体験したい。
だから、自分がやれば出来そうなことで、自分がやってみたいことをやらせてあげると、私は喜ぶ。
それも全部、宇宙のようなものに微笑ましく見守られているんだ。
できたねー、うれしいねー、って
小さなこどもに語りかけて喜びを共有するような、
そんな宇宙が「ある」のを感じた瞬間、目が潤んでしまいました。
ひとりで頑張ってると思ってた。
出来ないことを乗り越える人生だと、苦しんでいた。
でも本当は、
体験してみたいことが体験できることに喜びを感じる人生だったようだ。
そう考えると、私は「出来た」ことばかりだった。
鬱病になることが、出来た。
一人で不安になることも、
仲間と喜ぶことも、出来た。
できた、できた、できた。
あれもできた、これもできた。
出来たことばかりの人生だったんだ。
これまで気づかなかった。
ーーー
「不足」ばかりをみて悩んで苦しんで、どうしたら「充足」なんか見れるんだよ?と思っていたが、
充足は、知らない間にポコっとそこにあるものらしい。
ーーー
出来ないことが出来るようになることに、苦しみと楽しみを見出していたらしい、私のゲーム。
初期設定を「出来ない子」にしないと燃えないこのゲームは、
設定が「出来る子」になったら、どんなやり方になるんだろう?
それは本当に未知すぎて、私にはわからない。
けれど、もう、「出来ない」と思うことに悩む必要はないし、体験できたことを楽しめば良いことは、わかったよ。
体験したいことをこちらからリクエストして良いことも、わかった。
これからは、リクエストした体験を楽しみたいな。