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【小説】奇跡 ②
マイペースで不器用なウジェルは、いつも失敗ばかりしていた。衛生兵として傷ついた兵士に治療を施す時も、注射針を血管から外れた部位に刺して怒りを買うことなど良くあることで、水を汲んで来いと指示すればタライを井戸に落としてくる。次はどんな失敗をするのかと、周りは嘲笑と侮蔑を込めてわざとウジェルに頼みごとをしたのだった。
流血騒ぎの喧嘩に駆けつけようと勢いよく飛び出したところまでは良かったが、路傍の石ころに幼い子供のようにつまづいてころぶ様は、彼らの格好の餌食となった。
ある者は助け起こすふりをして足払いをかけてもう一度ころばせる。またある者は天を仰いで目を回しているウジェルの顔面に放屁する。そのどれもが周囲の兵士たちの下卑た笑いを誘った。
「やめてやれよ」
そんな中、ウジェルを取り囲む兵士どもの中から一人の男が声を掛けた。輪の真ん中に躍り出て倒れているウジェルに肩を貸して立たせると、そのまま輪から抜け出した。
「おい」と兵士の一人が男を呼び止めた。すると隣にいた別の兵士がその腕を掴んで諫めた。
「やめとけ。あいつは変わり者で有名なやつだ。近付くと頭撃ち抜かれるぜ」
男は人気のないところまでウジェルを連れて行った。
「もう大丈夫です。ありがとうございました」
ウジェルは借りていた肩から腕を離すと、頭を下げて感謝した。
「衛生兵のウジェルといいます。あなたは――」
男は空を見上げながら、
「棒切れウジェル」
と、彼の渾名を口にした。キョトンとした顔でウジェルが男を見詰めていると、男は不意に笑った。
「あんた有名だからな、みんな知ってるぜ、あんたの名前。俺はハンマド」
ハンマドと名乗った男は、そう言うと右手を差し出してきた。ウジェルもそれに答える。
「あんたとは一度話をしてみたかったんだ。さっきのが良いきっかけになったぜ」
「僕なんかと?そう言っていただけると、嬉しいです」
ハンマドは再び腹を抱えて笑うと、何度もウジェルの背中を叩いた。
「そういうところだよ。あんたのそういうところが兵士に似合わないんだ。なぁ、ウジェルさんよ、なんでよりにもよって兵士になんてなったんだ。死と隣り合わせの、こんな血も涙もない稼業によ」
ウジェルは顎に手を当てて暫く考えていたが、やがて困ったような顔をして頭を掻いた。
「――自分は生きているんだ、という実感を得るために、でしょうか」
また笑われると思い、内心は構えていたウジェルであったが、意外にもハンマドは笑わなかった。それどころか急に真剣な表情になり、「そうか」とだけ呟いたきり黙り込んでしまった。
沈黙に耐えきれず、ウジェルは声を発した。
「あのう、やっぱりおかしいですよね」
ハンマドは自分に向けられたウジェルの控えめな自虐にハッとして顔を上げた。
「いや、そうじゃない。俺も――」
「兵隊さん!」
ハンマドが言いかけた言葉は、突然聞こえた甲高い声に掻き消されてしまった。
声の主に二人が顔を向けると、そこには歳の頃十五くらいの少女が立っていた。
怒ってでもいるのだろうか、表情は強張っていて赤く上気していた。
(続く)
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