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【小説】創造主は今宵ダンスを踊る


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前編・前奏曲(プレリュード)②


 その国は世界で唯一のロボット生産国であった。唯一である、ということは世界シェアが100%ということだ。その国で生産されたロボットたちは世界のありとあらゆる国と地域に輸出されていった。軍用から始まり、警備、製造、人命救助にサービス業。その存在はもはや人間に取って代わりつつあった。
 人間はロボットを管理するためだけの存在に変貌しつつあった。ロボットたちにとってみれば、神のような存在なのかもしれない。もっとも、最新のAI技術をもってしても、人間の捉える神の意味を真に理解できるロボットは未だ存在していないのだが。
 万物の創造主たる神。
 現時点において、そんな存在にもっとも近い人間が一人いた。当世におけるロボット工学・科学の始祖、クレアーレ・マーキナ博士である。
 博士はロボット研究が実際に製造可能な段階に行き着くと、生産の拠点をその国の首都に構えた。そこにはロボットの核に当たる部分、人間でいうところの脳と同様の機能を司る〝アニムスチップ〟と呼ばれる機関の製造に不可欠な、特殊な金属が手に入る場所であった。世界で唯一、その特殊な金属=アニミウム金属を含有する鉱石が、その首都の地下には大量に眠っていた。
 鉱石の発掘には、まずその鉱石が眠る地下まで坑道を伸ばすことから始めなくてはならない。そのために数千人規模の屈強な男たちが国中から集められ、地下400メートル、直径2キロメートルに及ぶ巨大で深い穴が穿たれた。穴の内側は分厚いコンクリートで塗り固められ、エレベーターも備え付けられた。これで着工から完成まで十年の年月を要した採掘の前段階が終了した。
 そこから先、採掘を行うものは囚人たちの役割となった。
元来、この国の囚人たちは例えそれが市場で売られている魚を盗んだような軽度の罪に対してですら、刑期百年という重い罰が与えられていた。要するに、軽重に関係なく人道に外れた罪を犯せば無期懲役刑に処せられるのである。死刑というものは存在しなかった。
 彼らは〝収容区〟と称された郊外の広大な荒れ地で各々が地面や岩山に洞穴を穿ち、風雨を凌いでただ死を待つだけの日々を送っていた。
 クレアーレ博士は、そんな囚人たちを放ってはおかなかった。博士は彼らの存在を知るや、完成して間もなかった大穴にその彼ら囚人を〝落とす〟ことを政府に提言した。死を待つだけの無為な存在に成り下がった者たちに、人間としての尊厳と、非現実的に膨らんだ刑期を鉱石の採掘量に応じて減らすという飴を与えようと試みたのだった。
 結果、博士の案は採用されるところとなり、衣食住が約束される好条件にあってはわざと軽微な罪を犯す最下層民まで多く現れるようになった。クレアーレ博士はロボットという『人間にとって便利な道具の開発者』として、そして『囚人たちの人権を守った善人』として世界に名を轟かせる存在となっていったのだった。
 そして今から五年前。博士の名が数十年ぶりに人々の口の端に上ることになった。
 クレアーレ博士は自身の秘書型ロボットに殺人を犯させ、そのロボットと供に忽然とその姿を消してしまったのである。

  *

 アニミウムという金属は、その特性として強力な磁力を帯びていた。そのために周囲の岩石を引き寄せ、身にまとう。付着した岩石はやがて金属の表面と癒着し一つの鉱石となる。
 囚人たちが採石したその鉱石はトロッコ型ロボットに運ばれ、その核になっているアニミウムを取り出す工程に移される。囚人たちは刑期を縮めるために全力で鉱石を採掘するため、一日で相当な量が掘り出される。よって、いかに人間を凌駕する性能を誇るロボットたちでもその処理能力を超えてしまっては、未処理の鉱石が滞留してしまうのだった。
 それで囚人たちはゼリー飲料のみのささやかな食事を終えたあと、就寝の時間まで再び三時間の労働が課せられた。未処理の鉱石からアニミウムを取り出す作業だ。
 今、フィーリウスとウィルは二人にあてがわれた部屋でその作業を延々と繰り返していた。フィーリウスが切石機の前に立ち、上部から高速回転して落ちてくる丸鋸の下に鉱石を置き、石が割れて金属が現れるまで手で押さえる。そうして現れた漆黒の丸い金属をウィルが水の入った盥の中でブラシでこすり洗う。
 四方をむき出しの岩石に囲まれた部屋には、小さなベッドが二つ壁際に置かれ、そのほかといえばこの切石機が一台あるだけだ。
石を切る鋸の刃の、耳が痛くなるほどの甲高い音が部屋中に反響していた。
「よう、新入り。お前娑婆に上がれたら何がしたい?」
 その日のノルマもあと僅かとなった頃、先の見えた安堵からかウィルがフィーリウスに話しかけた。
 石に当たる鋸の音で聞こえなかったのか、答える気がないのか、フィーリウスはじっと石を眺めている。そんなことには慣れているウィルは、構わずに続けた。
「儂はな、まずは最愛の妻の元に真っ先に帰るね。あいつはな、『あんたがが戻ってくるまでずっと待ってる』なんてしおらしいこと言ってな、健気に泣きやがったのよ。儂はその気持ちに応えてやりてぇ。そうしてな、夫婦そろって、死んだ息子の墓を参る。息子のやつも儂がずっと顔を見せないもんで、きっと悲しんでるだろうからな。なぁ新入り。お前にもいるんだろ?家族がよ」
 ウィルが石をこすり洗う手を止めてフィーリウスを見上げた。
 相も変わらず作業に集中している様子のフィーリウスの横顔を見て、ふんとウィルが鼻息を漏らした時だった。ふとウィルが視線をフィーリウスの手元に移した。その手の位置に気が付いたウィルは突然大声を発した。
「手をどけろ!」
 しかし怒鳴られた本人は理解できなかったらしく、チラリと横目でウィルを一瞥しただけで自身の身体を少しも動かすこともなかった。
 フィーリウスの右手の指は、回転しながら下がってきた丸鋸に容易く切り落とされた。
「新入り!」
 ウィルはもう一度怒鳴ると、緩慢な動作で己の右手を眺めるフィーリウスに駆け寄った。そして直立不動のまま目を丸くして相棒の手を凝視していた。
 親指を残して四本の指を失ったフィーリウスの右手からは、噴き出してしかるべき血液が一滴も零れ落ちず、その代わりに切り落とされた指の根本から断続的に火花が散り、その断面には無数のコイルの束が顔を覗かせていた。
 ウィルは床に尻餅をついて座り込んだ。身体が小刻みに震えている。
「お前・・・」
 ガタガタと歯を鳴らしながら何とか一言呟いた。
「お前・・・ロボットだったんじゃねえか——」
 うぎゃあ!と一声悲鳴をあげると、這うようにして部屋を出ていく。フィーリウスはその一部始終を例の澄んだ瞳で見つめていた。

  *

 地下400メートルの大穴から脱獄できた囚人など過去に一人もいなかったし、そもそもが脱獄を試みようとした者も片手で足りるほどだった。監視する側も大穴という収容兼労働施設に対して絶対の自信があるのだろう。だから囚人たちが収容されている部屋は牢獄ではなかった。男女それぞれに分かれた収容区の入り口には監視ロボットが数体控えていたから、さすがに男と女が逢瀬を重ね合わせられるように自由に行き来することは不可能であったが、収容区の中では気兼ねなく歩き回ることが出来た。
「でく人形が本当にでく人形だったってよ!笑わせてくれるじゃねぇか、傑作だ」
「指が飛んでも血が噴き出さなかったと言うぞ。いつも青白い顔をしていたのも頷ける」
「一歩間違えれば、俺たちゃ殺されてたかもな、あの機械人形によ」
 男の囚人たちが好き勝手に思いついたままを口にしていた。
「フィーリウス!おい、一体どうした!」
 かつてフィーリウスに命を救われた、アモルの父パテルが近くで叫ぶ。
 監視ロボットたちは拘束した男を五体がかりで運搬していく。その内の一体がパテルを足蹴にした。警告音が鳴り響く。周囲に集まりつつあった囚人たちが慌てて飛びのいた。
「囚人タチハ直チニ収容室ニ戻レ。従ワナイモノハ独居房行キ及ビ刑期ノ倍増ヲ科ス」
 収容区の入り口にはウィルが棒立ちになっていた。そのすぐ前を、フィーリウスを拘束した監視ロボットが通過していく。ウィルはその一団を目で追うことはせずに、眼前の虚空をじっと見つめていた。そんなウィルに近付く影があった。胸部にモニターを備え付けた伝達ロボットだ。
 ロボットがウィルの目の前で立ち止まる。すぐにモニターに電源が入り、見たこともない男が映し出された。眼鏡をかけたスーツ姿の男は、いかにも自分は役人だと言わんばかりの小難しそうな表情を作り、一度咳払いをしてから一方的に話し始めた。
「君が通報者の第二五一班甲であるな。この度はアンドロイドの発見、及び速やかな拘束への協力に感謝する。なお、この一件で第二五一班甲の刑期は二十年短縮される。以上」
 たったそれだけを伝えると、モニターの電源はすぐにプツリと切れた。伝達ロボットがくるりと踵を返して最初の一歩を踏み出そうとした。
「あ、あいつは、本当にロボットだったんで?あんなに、人間みてぇななりをしていて、あいつがロボットだったなんて、儂にはやっぱり信じられねぇんです。あいつ、儂の。儂の、息子みてぇなもんだったんで。本当に、あいつは——」
 微かに後ろを振り向く素振りをした伝達ロボットは、目にあたる部分の電球をチカチカさせてから抑揚のない電子的な音声で言葉を発した。
「第二五一班乙ハ紛レモナク〝アンドロイド〟デアル。アンドロイドニツイテハ、オッテ貴様タチニ説明ガ下サレル。貴様ハ余計ナ詮索ハセズニ引キ続キ日々ノ労働ニハゲメ。以上」
 それはモニターに映し出された先程の男の言葉であったのか、それともこの魂のないロボット自身が思考した結果であるのか、ウィルにはどちらでもよかった。ただ彼は、彼の胸の内に刹那に去来したどうすることもできない孤独に、一瞬にして全身を蝕まれてしまったのだった。

 一団は地上へ上がるエレベーターに真っすぐ向かっていく。フィーリウスは身じろぎ一つせずに両手足をロボットに掴まれた状態で運ばれて行くに任せていた。遥か天上には小指の爪ほどの小さな半月が、円形に切り取られた狭苦しい空にポツンと浮かんでいた。
 その一団に駆け寄る人影が一つ。そのすぐ後方には数体の監視ロボットがその人影を土煙を立てながら追っていた。彼らの隙をついて収容区から抜け出てきたのだろうが、その者が捕獲されるのも時間の問題だった。
「フィーリウス!」
 懸命に走りながら、人影が叫んだ。女の声だ。
「フィーリウス!あたしは知ってるから!あなたはフィーリウス。人間でもロボットでもなくて!あなたはたったひとりの、フィーリウス!」
 言い終わる前に女の影は追っ手に捕獲された。伸びてきた縄状の物体に四肢を絡めとられて地面に引き倒された。しかし女の影は遠ざかる一団に向かってなおも叫び続けた。
「フィーリウス!あたしは、あなたを!あなたのことを——」
 青白い火花が女の背に散った。監視ロボットの手がいつの間にかスタンガンに変形していた。それが女の身体に高圧電流を流した。
 女が意識を失う前に何を言おうとしたのか。そんなことはその場にいた誰一人として気にするものなどいなかった。その時、その場には魂を持った者が皆無であったから。機械人形たちが女の心情になど興味を持ち得るはずがなかった。
 フィーリウスは澄み切った瞳を、くずおれる女の影に向けていた。
 瞳の奥には、魂の痕跡のような光が、微かに輝いていた。


(次回、後編に続く――)

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蒼海宙人
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