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【小説集】

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自作の小説をまとめています。おやすみ前のひと時に読んでもらえたら嬉しいです。
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短編小説『白昼夢』─あるいは『檻のなか』

   僕の住むこの狭い七畳のワンルームに、間の抜けたような雀の鳴き声が入り込んできた。それと同時に何かすえたような匂いも鼻口を漂っていく。気持ちの良い、とはまるで言えない早朝の目覚めだった。  カーテンの隙間から明けたばかりの弱々しい真冬の陽の光が差し込んできていて、それが瞼に当たっているのが分かる。眩しくて目を閉じたままゆるゆると頭を持ち上げていくと、こめかみが酷く痛んだ。  足元でカチン、と音がしてからコタツのヒーターが切れた。昨夜は両足をコタツに突っ込んで、上半身はテー

【小説】 序曲

   見上げた先にある朱塗りの鳥居を一瞥すると、その前に厳然と立ちはだかっている急勾配の石段へと私は右脚をかけた。  一体何段くらいあるのだろう。登り始めてすぐにそんな疑問が頭の中を掠めたが、小さく首を振ってただ意識を己が両の太腿へ戻した。疑問に思ったところで仕方のないことだ。兎にも角にも、ダラダラと上方へと続くこの石段を自分は登っていかなければならない。誰も私を背中に背負っていってなどくれないのだ。一段、二段と直向きに腿を持ち上げ持ち上げ、私は「愚直」という二字だけを引き

【掌編小説】明けのまほろば

 クウクウと可愛らしい鼾をかいて、妻が隣で眠っている。  不意に目が醒めてしまってしばらく布団の中で呆けていた。  妻の無防備な横顔に微笑む。  すっかり冴えてしまった頭を持ち上げ布団から抜け出し、窓際の椅子に腰を下ろした。  群馬県は奥四万の山間に、朝陽が昇り始めていた。山の稜線が暁に染まり、朧な青空を濃密な雲の群れが流れていく。ほう、と一つ、僕は息を吐いた。  昨晩、部屋の明かりを消し、布団に潜り込んでしばらくしてから妻が囁いた。 「ねえ、やっぱり子供、欲しい?」  静