110.恋はいつだって七不思議〜『たまひらハイツ』エピソード0〜
どうも、玉平です。
あれは、16の夏でした。
わたしはねぇ、いじめられていたのよ。
皆見て見ぬふり。それが当然だった。
わたしを助けてくれたのは当時の学級委員長。
あの人は、わたしの前に盾になってくれた。
クラスのマドンナが、そんなあの人に屋上で告白したのよ。
わたしを助ける姿を見て、好きになったってね。
あの人はご機嫌で、それをわたしに報告してきたの。
でもわたしは聞いてしまったのよ。
「男なんてちょろいもんよ」
そう笑うマドンナの声を。
わたしは、あの人と一緒の大学に行く約束をしていた。
けど、耐えられなかった。
マドンナと過ごすあの人を、ずっとそばで見ていられるわけがないじゃない。
わたしは逃げるように、木更津の街を去った。
季節は秋。
それから時は流れ、34になったわたしは、木更津に戻って来た。
夕方、太田山公園に行ったら、そこには日本武尊と弟橘媛の像があった。
わたしは、“きみさらずタワー”から、木更津の街を眺めたの。
階段を上る誰かの足音がした。
振り返るとそこにいたのは、あの人だった。
もう一度、逢えるとは思わなかった。
あの人は、わたしに言ったの。
「玉平に、もう一度逢いたいってずっと思ってた…」
ってね。約束も破って木更津を出て行ったわたしに、そんなことを言ってくれたのよ。
けど、日が沈んでゆく景色を眺めながら、
「最後にこの街の景色を見たかったんだ」
って、口にした。わたしは、その言葉の意味が分からなかった。
あの人は、あるアパートにわたしを案内してくれたの。
それは今の『たまひらハイツ』。
そしてあの人は、残りの人生が僅かであることをわたしに告げた。
え…もうすぐ、死ぬ?
理解できなかったし、理解したくなかった…。
せっかく逢えたのに、逢えた時には、あの人はもう病に侵されていたのよ。
「玉平は誰よりも優しくて、相手の気持ちを考えられる奴だって、俺は知ってる。だから、だからこそお前に託したい。玉平は俺の、一番の親友だから」
そうあの人は言った。
そう、わたしは、親友…なのよね?
再会してすぐに、あの人は逝ってしまった。
泣き崩れるわたしには、ブルーカーテンは鮮やか過ぎて、眩しかった。
思い出に鍵をかけるように、あの人の住んでいたその部屋に鍵をかけてしまったわたしがいた。
『恋の七不思議』は本当だった。
その7、校庭の石碑の下に想いを綴った手紙を、夕方太陽が沈むまでに埋める。その姿を誰にも見られてはいけない。
モミジの葉のしおりを一緒に埋めると、その二人は結ばれない。
でも、また、必ず逢える。
どうも、玉平です。
今日からここの大家です。
人生も、前にしか進めないのよ。
そうやって、わたしはあの日、アパートの大家になった。
そば処『つきなみ』に今日もやって来たわよ。
冷えるねぇ、冬も近い。
月並みだけど、そばにいたい…
そんなこんなで、つきなみそば。