文字だけの君 第七夜 〜教えて、仮名の君〜
その日、かなえが家のリビングでくつろいでいると、妹のひとみが話しかけてきた。
「お姉ちゃん、こういうのはどうよ?」
ひとみが見せたスマートフォンの画面に映っていたのは婚活サイトだった。
「えっ?婚活サイト」
「これならお見合いと違って、理想に近い人を選べるし、向いてるんじゃない?」
「…」
「出会って一年以内に結婚してる人も結構いるみたいだよ」
「でもそれって、運命の出会いって言うのかな?紹介された人と、ほど良いところで結婚するみたいな」
「お姉ちゃん、まさか白馬に乗った王子様がやって来るとでも思ってるの?」
「結局結婚ってさ、みんなそろそろって年齢の時にちょうど付き合ってる人と結婚してるだけな気がするの。本当にこの人だって思ってるのかな」
かなえは首をかしげた。
ひとみから遠ざかるように、自分の部屋へと向かった。
「ちょっと?お姉ちゃん?」
かなえは部屋でスマートフォンをいじる。
そこには恋愛に関する特集が書かれていた。
「何が『口説きのピークをクリスマスに持って来るといいです』だ!クリスマスはそんな日じゃないぞ!」
かなえはベッドの上で天井を見つめた。
「自分の気持ちに素直に生きる、怪人の方がよっぽどまとも…か」
わたしはこれまで素直に生きてきたのだろうか?
素直に生きてきた結果がこれなのだろうか?
素直に生きもせずこれなら、引くほど大失敗である。
何もしなくても、なんとなく誰かと付き合って、なんとなく誰かと時が来たら結婚する。
そんななんとなくは、現実には存在しなかった。
かといって、探して出会うものでもない気がする。
夜、モヤモヤした気持ちが晴れず、かなえはあの店へと向かった。
暗闇の中に、明かりがついた一軒の店が見えてくる。
店の戸には、のれんがかけられており、そこには『ことだま』とある。
奇妙なラーメン屋は、今日も変わらず同じ場所に存在していた。
かなえは、店の戸を開けた。
数人の男性客が黙々とラーメンを食べている。かなえに目を向ける者はおらず、店内は異様な空気が漂い静まり返っていた。
店内には一台のテレビがあり、テレビの横には一冊のノートとボールペンが置かれていた。
奥では店主らしき人物が麺を湯切りしている手が見える。
かなえは、券売機で豚骨醤油ラーメンのボタンを押す。食券を厨房のカウンターへと出した。
食券を出すなり、顔が見えない店主からすぐに豚骨醤油ラーメンが出てきた。
かなえはテレビの横の席に座った。
金曜日でもないのに、ここへやって来てしまった。
本当は気持ちが晴れずに、ただここへ来たわけではない。
ノートの続きが気になって仕方なかったからだ。
先週、ついに相手に名前を尋ねてしまった。
その返事が、どうしても早く知りたかったのだ。
テレビの横にある古くぼろいノート。その横にはボールペンがひとつ。
かなえは、ノートを手に取り、開いた。
そこには、続きの“文字”が書かれていた。
『鋤柄(すきがら)直樹(仮)』
「スキガラ…ナオキ…仮?」
かなえは、“文字”を見つめながら次第に微笑んだ。
「鋤柄さん」
ノートにある“文字”に返信でもするように、かなえは続きを書いた。
『鋤柄さん、はじめまして。いつもお返事嬉しいです。鋤柄さんは、ラーメンがお好きなんですか?』
かなえはノートを閉じると、嬉しそうにラーメンをすすった。
豚骨も醤油も楽しんだからだろうか。
今日は特別、美味しく感じた。
来週金曜日に続く
10/27(火)は『怪人エモーションの日常』をお届けします。
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