借金で家を売った父が、認知症でカメラマンに戻った話
「もう、どうにもならへんわ」
姉からLINEが来たのは、日曜日の朝だった。
両親が老人ホームに移って半年。実家をどうにかせなアカンのは分かってた。けど、なかなか踏ん切りがつかへんかった。
「休み取れるか?来週の土日」
「まあ、なんとかなるやろ」
返事をする前に、既読を付けたまま5分くらい考えた。
実家に着いたら、既に姉が掃除を始めていた。
「おっそ!」って言われたけど、寝坊したわけやない。
なんとなく、この家に入るタイミングを遅らせてたんかもしれん。
まずは2階の片付けから始めた。
兄弟で手分けして、要る物と要らん物を分けていく。
「おい、見てみぃ」
姉が段ボールを持ってきた。中身は写真アルバム。
「うわ、懐かしっ」
俺が小学校の運動会。姉が中学の卒業式。
写真を撮ってたんは、ほとんど父親やった。
そういや、父親がカメラマンやったんは、俺が中学に入る頃までやったなぁ。
借金で家売って、マンションに引っ越して。
それからは、写真を撮ることもなくなった。
「あ!これ、見たことない写真や」
そう言って姉が取り出したんは、若い頃の父親の写真。
スタジオで、モデルさんの写真を撮ってる姿。
「めっちゃかっこええやん」
「そやなぁ。こんな父親、見たことなかったわ」
ライトの調整をしている姿。
カメラを構えている姿。
モデルさんと話している姿。
全部が新鮮やった。
俺らの知らん、輝いてた頃の父親がそこにいた。
「あのなぁ」
姉が言い出した。
「この前、施設に行った時に父親が言うてたんやけど」
父親は今、認知症が進んでて、たまに昔の仕事の話をするらしい。
「ライトの角度が〜」とか「シャッタースピードが〜」とか。
昔撮った写真の話を、どんどんしてくるんやって。
「へぇ、そんなんなってんや」
「うん。だから、これ持っていこか。施設に」
姉がアルバムを手に取った。
「そうやな。見せてやろ」
「うん。喜ぶと思う」
結局その日は、片付けはあんまり進まなかった。
アルバムを見ながら、昔の話で盛り上がってもた。
姉の記憶と、俺の記憶は、ちょっとずつ違う。
でも、カメラを向ける父親の姿は、ふたりとも同じように覚えてた。
次の日、施設に写真を持っていった。
父親は、最初はボーッとアルバムを見てた。
でも、スタジオでの写真のページを開いた時、
「あ、これはストロボを」
って、急に話し出した。
姉が「へぇー」って相槌を打つ。
俺はただ黙って聞いてた。
父親の声が、どんどん若くなっていくような気がした。
「片付けって、なかなか終われへんな」
帰り道、姉がぼやいた。
「まぁ、でも、ええもん見つけたし」
「そやな」
来週も、片付けに行くことにした。
まだまだ、知らない写真が出てくるかもしれへん。
それを楽しみに、今度は朝イチで行くことにした。
アルバムは施設に置いてきた。
父親が、また誰かに見せたくなるかもしれへんから。