終電を逃した夜に限って起こる不思議な出会い
駅の改札を目指して階段を駆け上がった時、電光掲示板の「終電終了」の文字が冷たく光っていた。スマートフォンの画面には23:47の表示。タクシー配車アプリを開くが、どこも配車中や待ち時間30分以上の表示だ。
深夜の駅前で途方に暮れていると、24時間営業の喫茶店が目に入った。「仕方ない、始発まで時間を潰すか」。そんな諦めの気持ちを抱えながら、店内に足を踏み入れた。
深夜の喫茶店にて
店内は蛍光灯の白い光が支配的で、数名の客が点在していた。カウンター席に座り、ホットコーヒーを注文する。隣には年配の男性が一人で新聞を読んでいた。
「終電、逃しちゃったんですか?」
突然、隣席の男性が話しかけてきた。普段なら警戒するところだが、この時は妙に心が開かれていた。深夜のカウンターで、私たちは会話を始めた。
人生を変えた夜の対話
その男性は元タクシードライバーだった。40年以上、夜の街を走り続けてきたという。「夜の街には、昼とは違う顔があるんです」と、彼は穏やかな口調で語り始めた。
終電を逃した酔っ払いや、締切に追われる社会人、夢を追いかける若者たち。彼が出会ってきた数々の乗客の物語が、まるで万華鏡のように次々と展開されていく。
「人生の岐路に立つ人と出会うことが多かったですね。終電を逃すような日は、大抵何か重要な決断を迫られている時なんです」
その言葉に、はっとした。確かに私も、重要なプレゼンの準備に没頭して終電を逃したのだ。
深夜の街が教えてくれること
「焦る必要はないんですよ」と、彼は続けた。「終電を逃すことは、時には必要な'立ち止まり'なんです」
夜が深まるにつれ、店内の空気も変わっていく。朝までの時間を過ごすために入った喫茶店で、思いがけない人生の教訓を聞くことになるとは。
始発を待つ間に
私たちの会話は、仕事、家族、夢、そして人生の選択について続いた。彼の経験に基づく言葉の一つ一つが、心に深く響いた。
「人生の岐路に立ったとき、終電を逃すくらいの余裕を持つことも大切です。そこで出会う人や気づきが、新しい道を示してくれることがある」
その言葉は、まるで私への励ましのようだった。
夜明けとともに
東の空が白み始めた頃、私たちは別れの挨拶を交わした。「ありがとうございました」と言った私に、彼は穏やかな笑顔で頷いた。
駅に戻る途中、不思議な充実感を覚えた。終電を逃したことは、もはやミスではなく、貴重な経験となっていた。
偶然の中にある必然
あれから数ヶ月が経った。プレゼンは成功し、新しいプロジェクトも任されるようになった。時々、あの夜のことを思い出す。終電を逃した夜に限って起こる不思議な出会い—。それは、私たちが立ち止まることを許される特別な時間なのかもしれない。
今では確信している。人生の重要な場面では、時に終電を逃すことも必要なのだと。その先には、思いもよらない出会いと気づきが待っているのだから。