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映画を食べる『83歳のやさしいスパイ』マイテ・アルベルディ監督作品

2020年に制作され、日本では2021年に劇場公開された『83歳のやさしいスパイ』というドキュメンタリー作品をAmazonのPrimevideoで観ました。
探偵社が80歳から90歳を対象年齢とした求人広告を新聞に載せ、選出された素人スパイが実際に老人ホームに入所し内定をするというもの。
そんな作品紹介と作品タイトルを見て、私はドキュメンタリーとは知らずに、気軽に楽しめるフィクションの娯楽作品だと思っていたんですよね。
 
作品が始まり、探偵社での面接やホームでの内定方法を説明されている場面までは、高齢者特有のあるあるなやりとりが続き、私自身も目じりに皺を浮かべ、ほうれい線深く口角を上げながら楽しめていたのですが、実際にホームでの内定が始まると、そこで生活している入所者の方々の表情や言動に、これは演技なのか?演技にしては、リアルすぎないか?演技だったら上手すぎるな...と感じたんですよね。そうして、施設生活の様子を見ながら、老いという時間の中で生じてくる様々な不具合を鑑賞者としての距離で見ているうちに、私の思考は娯楽作品を楽しむ感覚から、受け止めるべき真実を見せられているような想いに変わっていったんですよね。

幼い頃の親を求める想いにかられ、家に帰りたいと訴える姿、自分の物と他人の物の区別がつかなくなる姿、記憶が衰える不安、身体が思うように動かなくなる辛さ、家族との距離が遠くなることへの諦め、思い違いに気づいた時の自分への励まし、長い長い人生の中で経験し自分の支えとなってきたもの、かつては様々な彩りで拡がっていたはずの世界が、どんどん小さく狭くなっていく...そんな寂しさを秘めながら暮らしている姿が、悲劇的でも喜劇的でもなく、ただ静かに誇張なく映し出されている。

83歳の優しいスパイは、入所者一人ひとりと接していくうちに、彼女たちの心に寄り添い、よき相談相手となっていくにつれ、彼女たちの孤独に気づいていく。
そして、親が施設で虐待を受けているのではないか?と捜査を依頼しながら、親の面会にも訪れない依頼人である家族に対し、施設では手厚い介護を受けていること、スパイを送り込んで、親の虐待を心配するのなら、実際に家族が会いに来るべきだと報告する。

映画を観終えてから、あらためて作品の詳細欄を読んではじめて、この作品がドキュメンタリー作品であることを知り、そのすべてに納得ができました。
この作品で映し出したいものの道案内人として、素人の老人スパイが潜入捜査をするという設定になっていますが、舞台となった老人ホームの許可を得て、入所者の方々には、彼がスパイという設定とは明かさずに撮影されたのだそうです。だから、入所されている方々の言動や行動がリアルだと感じたのだと。
ノンフィクションの日常をフィクションで包んで、作品の鑑賞者に優しく見つめる時間を与えてくれている、そんな作品だと思いました。

そして最後に、ホーム生活の終盤に亡くなった女性の自作の詩が、とても心に沁みるものだったので、ここに紹介します。

 ーまだ母親が健在であるなら 慈悲深い神に感謝しよう
  長寿という聖なる喜びを享受できる者は 多くないのだから

  母親が健在なら大切にしよう 苦楽を乗り越えて 
  あなたを産んでくれた人だから 昼は働き 夜は子守り 
  優しい歌であなたを寝かせ 起きたら優しいキスをする

  もし母親が天に召されて 親孝行できないなら
  母親が埋まる冷たい地面に 思い出の花を供えよう
  母の墓は聖地となろう 神聖な心の拠り所なのだから
  魂が非情なトゲに貫かれたら
  母の墓を訪れ 癒しを乞おう―

老いの時間は、衰え方に個人差はあれど、誰にでも確実に訪れる。
いまはまだ遠くのことのように思えている私自身にも、きっと想像よりも早かったと感じるくらいの先で訪れるもののような気がする。
忙しく過ぎていく社会生活の中で、頭ではわかっていても、ゆっくり考える時間がなかなかとれないということもあるだろうけれど、敬老の季節を機会に、こんな作品を観て考えてみるというのもいいかもしれません。






 

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