吾輩は犬である。名前はウツ。
吾輩は犬である。名前はウツ。いや、吾輩は、なんて書きだしたが別に私は犬ではなく、ウツの飼い主だ。大きなボーダーコリーで私の大切なペットであり家族だ。もう十五年になるだろうか。驚くことなかれ、鼻から上の辺り、目と頭と耳にあたる部分がない。もやもやとした黒い煙をまとっているのだ。だから彼とは目を合わせたことは無い。でも表情の豊かな奴で口は笑うし、うなると歯をむき出しにする。そして、人の言葉を鳴く。そんな奇妙な犬との生活の記録だ。
《これは、私が15年のうつ病生活の中で最近たどり着いた「もう治らないなら、うつ病を受け入れるのみならず、愛することにした」工夫を元にした半ば自伝、ドキュメンタリーでもあるフィクションである。精神科医に監修を受けている訳ではないため、安易に真似をすることを勧めない点を必ずご留意いただきたい》
朝起きると、体が重く、起き上がることが出来ない。ふと見ると布団の上にウツがのしかかって私を楽しげに見つめている。いや、そのもやもやとした貌からは目線を感じるのみで目を合わせることは無いが。スマホで時間を確認するとまだ朝の5時だ。もう少し眠ろうとするとウツが顔を舐めてくる。鬱陶しくて二度寝もできない。
「わかった、わかったから」
枕元の眼鏡を探しながら私はウツを布団に招き入れ、背中を撫でてやりながらSNSのチェックを始める。ウツは私の上で寝ていたのか、体がまだ重い。深呼吸して気力をじっくりと溜めながら朝食の内容を考える。今日は誰かと約束でもあったか。買出しは必要だったか。30分もするとウツは布団を抜け出し、落ち着かない様子で私の回りをうろつく。結局、そんなウツの様子に根負けして、朝食を作り始めた。ウツは食事を取らない。彼が何を食べているのかは分からないが、とにかく私は眠い頭の中で目玉焼きとスパムを焼き、インスタントの味噌汁と炊飯器に残った麦飯を並べていく。ウツは私の足元をうろつきながら、私の朝食の準備を眺めている。やはり少々お邪魔である。
「いただきます」
手を合わせてから気が付く。朝の薬だ。冷蔵庫に貼った服薬カレンダーから朝の薬を取って、味噌汁で飲み下す。ふと見るとウツは口元に笑みを浮かべて「オクスリ、オクスリ」と鳴いた。彼は私が薬を飲むところを見るのが大好きなのだ。
「お薬飲んだよ、飲んだ、飲んだから」
首元を撫でてやる。暖かくもなく、冷たくもない、何とも言えず生ぬるい体温をしている。
改めて朝食を食べ始める。私の服薬に満足したのか、ウツは足元で伏せの姿勢のままじっとし始めた。落ち着きがないのは私もなので、何となく足でウツの背中をグリグリと撫でまわしながら目玉焼きを口に運ぶ。
味噌汁を飲み干し、朝食を終えるとウツはまた私の足元をうろつき始める。
やはり眠い。もう少し横になるため布団へ向かう。重たいウツを抱き上げて、一緒に横になる。
「ちょっとゆっくりさせてくれ、お薬飲んだから」
まだ薬の効果は表れない。意識がはっきりとしないまま、ウツを抱き寄せて、わき腹を撫でまわしつつ、タオルケットだけを被り、スマホを眺めた。「オクスリ、マダ?」と鳴いたが、私は
「もうすぐ効いてくる、大丈夫、大丈夫だから」
とだけ返事をしてウツをワシワシと撫でた。少し満足げにウツもウトウトし始めた。彼も彼で寝不足なのだ。私が0時過ぎに寝るまではしゃぎ、朝の5時には私を起こしたのだから、当然と言えば当然だ。
私は15分もしないうちに、眼鏡をかけたままゆっくりと眠りの中へ落ちた。
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