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散步香港132 < 中環 / 唐樓體驗館@Staunton Street 士丹頓街 Wa In Fong West 華賢坊西 >

私はもちろん唐樓(=中式の古い住宅ビルとでも言っておきましょうか。大体において電梯無し。)に住んでいるのだけれど、とてもモダンに内装されてしまっている。ここはビル自体はリノベーションしたけれど展示單位には昔ながらのものを展示してあるというので行ってみた。

要予約、みたいなことを見かけたのでダメ元で行ってみたら、今月来月の導賞團は要予約(しかし既に全部売り切れ)、自分で参観するのは開放時間内なら予約不要ということだった。実はここ、體驗館として開放している單位=フラット以外は一般の住宅なので、11月までの開放営業が終わったらビルの正門を閉じるから、12月以降に行ってみたい方は要予約なのでご留意ください。

実は一日空けて2回ここを訪れたのよ。一度目は一人で。二度目は日本人の友人を連れて。二度目の訪問時の担当者がいろいろ詳しい人で、面白い話をたくさん聞かせてくれた。

もうこの入り口の信箱からそそる。

唐樓の多くの例にもれず、G/F 地下は店舗なので 1/F 二樓からが住宅部分。まずは階段を上がる。

明かり取りなのか風通しなのかは知らないが唐樓の踊り場にありがちな透かしの壁。

(一)記者採訪=記者による取材

この緑のマーブルの手摺りもそそる。

踊り場でくるっと向きを変えると(二)記者寫稿=記者が原稿を書く

2/F の向かって左側が體驗館。(右側は一般の方の住宅なのでピンポンしないように。)

そして體驗館の入り口。

かわいい。とにかく可愛い。窓もベッドも床のタイルも可愛い。

布団を小綺麗にたたんでしまっていないのが生活感あって良い。

香港のタオルといえばこれ。『九龍城寨之圍城』で陳洛軍が使っていたのはこれなのかどうか、まだ検証できていないがこれだと信じている。

鴨居だってかわいい。

窓の向こうに見えているのは PMQ 元創方。そう、元創方の真裏にあるのよ。

四角い火爐は珍しいのだそう。これと他のいくつかは龍華酒店で開催されている民間博物館の主催者から借りてきて展示しているそう。ここにあるのは一部なので龍華酒店に行けばもっといろいろ見られるよ!とのこと。もちろんずっと前から行くつもり満々だけれど予約が必要なので、スケジュール調整して行ってみるつもり。

體驗館はとても小さい單位なので展示はこれだけ。しかし壁のイラストが気になるので探検隊は謎を追ってアマゾンの奥、じゃなくて私は一人で階段を上っていくのであった。

(三)分稿編輯=原稿を分類して編集

(四)執字製版=活字を組み合わせて活字組版を作る

(五)滾筒鑄版=ローラーに活字組版をセットする

この部分の階段にはなぜか鉄柵がついている。だれか落ちたことがあるのかしら。

(六)輪轉印刷=輪転印刷

このお家の門や鐵閘が素敵なんだけれど個人のお家なので請勿騷擾。

(七)發行分銷=小売りへのソーティング

踊り場の壁の隙間からの光が美しい。

(八)公開銷售=一般販売

この(一)から(八)までのイラストは一体何だったのかという謎を、担当者さんが解いてくれた。この唐樓、実はその昔「華僑日報」の老闆の所有だったのだと。そしてこの界隈は新聞社ばかりで、印刷街だったのだそうだ。
つまり新聞発行の全過程を描いたイラストなんだね。

そして Rooftop 屋頂へ。360度ぐるり見渡せる。天気が良かったので本当に気持ちの良い空間。

ここは私の大好きな Wing Lee Street 永利街。

前出の PMQ 元創方。

元創方の後ろにひょっこり飛び出る The Centre 中環中心。

唐樓の外はこんな感じ。

柱に寶賓茶室という文字が見える。今日の担当者さんが教えてくれたのだけれど、実はこの柱には石屎=コンクリートが塗られていて、この唐樓をリノベーションする時に崩してみたらこの文字が出て来たそう。石屎の下に文字が隠れされていたことは誰も知らなかったので大きな発見だったと。

唐樓體驗館の展示を観終わったら、担当者が裏の唐樓で写真展示をやっているから興味があるなら連れていってあげるよと私たちを引率してくれた。(興味あるって言わなかったのに階段降りようとしたらしっかり付いてきたので、ああ、これ、連れて行かれるな…と思った、というのが事実。)

そして唐樓の裏側の露台。可愛すぎる。

唐樓體驗館に向かって左側の細い道を入るとここ。

ここもリノベーション済みだけれど、露台が可愛すぎる。この唐樓は50年前に建てられたという史料があるけれど、この露台のデザインは50年よりもっと前のものだから、50年前にリノベーションされただけであって、建てられたのはもっと前のはずだ、と担当者さん。

中に入ると Before/After の比較写真の展示。こういうのがあるととても解りやすい。

前出の寶賓茶室の柱が、リノベーション前は確かにコンクリートで塗られている。

こちらは唐樓體驗館の展示單位の Before/After。

印刷機だそうな。

これは今いる華賢坊西の Before/After。私の友人、塗装屋さんだったそうで、この写真の鐵閘のサビ具合を見た時に「このサビから見るに、これはたかだか50年程度じゃなくて70-80年ぐらい経過しているものだと思う」と。担当者も驚いていた。まさか自分の推測に対して同じような結果を推測する人が出てくるとは思いもしなかったのだろう。プロって凄いね。写真見ただけでわかるんだもの。尊敬する。

こちらの展示單位の床の一部分に貼ってあるタイル。多分この部分がキッチンだったのだろうねと。

古き良き香港に興味のある日本人が来て、しかも広東語でまくしたてても全部理解できるし、案外香港の歴史も知っている(だてに Stephen Au 歐錦棠の『乜乜棠水舖』聴いてるわけじゃないからな私は)ということでエンジン全開になってしまったようで、あれこれ沢山歴史の話も聞かせてもらえた。(先日の担当者はまったく発話しない人だっただけに今日はお喋り好きの担当者で本当にラッキーだった。)

例えば
・昔々は中環は British(イギリス人)の為の場所で香港人でさえ禁区だったし、他の人種は皆入区禁止だった
・でも甘棠第が出来て香港人にも開放されたんでしょ?の私の問いに、何氏家族は実に特別だったから半山にプロパティを持てたが中環区にいた他の中国人は甘棠第で働く者ばかりだった
・灣仔には日本人区もあって他の人種もいたよね?の私の問いに、灣仔には碼頭があっていろんな人が出入り出来た、けれど中環碼頭は軍港として British のみに限定されていた、だから皇后碼頭という名前だった
・香港では何氏家族が権力を持っていたけれどカネはそれほど持っていなかった、香港で一番カネを持っていたのは Jardine 一族、香港の交通網は Jardine が全て握っていた
等々本当に沢山の歴史のトリビアを教えてくれた。

いろんな知識がまた増えたお散歩。

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