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CURSED LEAF AND DAUNTLESS BLADE 1

時系列はメインクエスト4.1頃。ゲーム本編の描写やネタバレは特に無し。暁メンバーなど本編の主要NPCは登場しません。自機ばっかりです。

男は部屋の扉を閉めると、連れ込んだ女を後ろから抱きしめた。服の上から乱暴に胸を弄ると女はわずかに抵抗を見せたが、酩酊した女の力などたかが知れていた。男は構わず乳房を揉みしだく。酒場で呑んでいた時に想像した柔らかさより数段上だった。

闇の中で吐息が重ねられていく。男はさらにもう一方の手を女の腰に回した。衣服の下に滑り込ませた指が、肌と異なる硬い感触を見つける。鱗だ。男が鱗の流れに沿って指を這わせると、女はびくりと体を震わせて小さく喘いだ。

男の腕の中で悶える女には、鱗に覆われた角と尾が有った。ここ砂都ウルダハよりも遥か東方にルーツを持つアウラ族の証だ。白い鱗を持つこの女は恐らくひんがしの国出身のアウラ・レン族と推測されるが、男にとってそんな事はどうでも良かった。

女が何故あの組織のことを嗅ぎ回っているのか、どこから自分の事を辿ってきたのか、それもどうでも良かった。咥えさせるには角が邪魔だとか、そういう事しか頭になかった。男は女を寝台まで引きずり、シーツの上に突き飛ばした。

だから廊下から響く複数の足音にも気が付かなかった。鍵が開けられた時も、朦朧とした女の形の良い胸しか見ていなかった。開け放たれた扉から覆面の男たちが入ってきたのを確認した時、男の両腕はベルトにかかっていた。男は反撃どころか、現状を把握しないまま首を切られ、死んだ。

「もしもし、やりましたぜ」

覆面の男の一人、恐らくはヒューラン族の男が血まみれの死体を改めながら呟く。リンクパール通信であろう。もう一人の背の高いエレゼン族と思しき覆面は、死体が身につけている装飾品を引き剥がしていった。そして三人目の大柄なルガディン族は、寝台の上で呆然としている半裸の女の前に立った。

「こいつはどうすんだ」

「殺しておけ」

感情の篭らない同僚の返答を聞き、ルガディンの男は覆面の下で下卑た笑いを浮かべた。

「じゃあ好きにしちまっていいよな?」

「勝手にしろ。騒がせるなよ」

「心配すんなって」

ルガディンの男は土足のまま寝台の上に上がり、種族特有の太い指で女の顎を掴んだ。女の歯ががちがちと震えるのが指に伝わる。

「俺ぁ、先に殺してから事に及ぶからよ」

男は顔をぐいと近づけ、その岩石のような顔を女の震える瞳に映した。女の虹彩にはアウラ族特有の鮮やかな輪が見て取れる。やがてその瞳に何も映さなくなる瞬間を男が夢想した時、指先に感じていた女の震えが止まった。はっきりと男を見据え、言った。

「変態」

そして女が勢いよく頭を振ると、白い鱗に覆われた角が男の眼窩を貫いた。ルガディンの男は何が起こったかわからず、ただ絶叫した。女は角を突き刺したまま男の懐から短刀を抜き取り、もう片方の眼窩に思い切り突き立てた。角が抜け、男は寝台の上に縫い止められて果てた。

女はさらにもう一本の短刀をルガディンの男から奪うと、背の高いエレゼンの男に投げつけた。呆気に取られていたエレゼンの額に短刀は突き刺さり、男はそのまま仰向けに倒れた。

「てめぇ!」

残ったヒューランの男がようやく剣を構えた時、女は寝台の脇にあった替えのシーツを手に取り、男に躍りかかった。女は男の剣を躱して懐へ飛び込むと、シーツをぐるぐると巻きつけて視界と身動きを封じた。その隙に女は壁に立てかけてあった己の刀を掴み、鞘の中の刀身に剣気を込めた。男がでたらめに刃を振るう。間合いの外。女は退かず、刀を抜いた。試し切りの竹束でも斬るかのように、男の胴を薙ぐ。一瞬の静寂。——やがて女が納刀すると、男は臓物を溢しながらその場に崩れ落ちた。

女——イズミ・アオバは着衣の乱れを直すと、改めて部屋を見渡した。死体が四つ。床も天井も血まみれ。ひどい匂いだ。歯に仕込んでいた浄化魔法によって酔いはすっかり覚めてはいるが、だからといって状況を正しく理解出来るかどうかは別の話である。どうしてこんな事になった?

イズミは懐から紙巻きの煙草を取り出し、燐寸で火をつけて煙を吸い込んだ。倒れた男達に目をやる。左腕に揃いの刺青。その意匠は山羊だ。イズミの探していた組織《ヘールゲーツ》の者である。煙を吐く。部屋の匂いに変わりはない。あの規模の組織が砂都へ来たばかりの自分を狙ったとは考え難い。しかし自分を抱こうとしていたこの男だって大した情報は持っていなかった。何か別の要因があるはずだ。

そこまで考えてから、背筋に悪寒が走った。イズミは最後に斬り捨てた男に近付く。シーツを破り、事切れた頭を横に向ける。小さな宝石とも貝殻ともつかぬ物が落ちた。リンクパールは、まだ生きていた。イズミは即座に踏み砕いたが、遅かった。ごとり、と入口の方から音がした。黒く角張った小さな花瓶が転がっていた。イズミは窓ガラスを割って宿の外へ飛び出した。ここは三階だが選択の余地はない。瞬間、大音響と共に部屋は爆発した。

◆◆◆

投げ込まれた黒く角張った小瓶——ガレマール帝国製新型手投弾が炸裂し、部屋の一切合切は爆炎に包まれた。宿屋の窓から立ち上る黒煙と炎で、深夜の砂都は騒然となった。野次馬が集まり、それを割って不滅隊も駆けつけてくる。その様子をイズミは宿屋の屋上からこっそりと見下ろしていた。

「私のせいじゃないからね……」

イズミは鉤縄を収納しながらひとりごちた。窓から飛び出す瞬間、窓枠に鉤縄を取り付けていた。これにより表通りに落下せず建物に戻り、屋上まで登ってきたわけである。

「つーか、何で私が殺されなきゃなんないんだよ。ふざけんなよ」

確かにイズミはあの組織——《ヘールゲーツ》に用がある。正確には組織が抱えている財宝にこそ、イズミの用がある。古ルガディン語で《年老いた山羊》という名を持つ彼らの表向きの顔は古美術を扱う商会である。だが実際のところ、それを隠れ蓑にした違法取引の噂が絶えない。アラクランや見えざる毒尾の勢力が弱まる昨今、砂都の闇社会で目覚ましく伸長しているのがヘールゲーツだ。

イズミは都市の中心に聳える王宮に目をやる。信じられないほど大きな王宮を見ていると感覚が狂ってしまうが、その麓の豪族や富豪が所有する建物も相当な規模だ。ヘールゲーツの本拠地もそこにあった。イズミは遠目に見える建物を睨む。

「……こっそり忍び込むつもりだったんだけどなぁ」

彼らが裏で何をやっていようとイズミにとってはどうでも良かった。ただ、目的の品が手に入ればそれで良かったのだ。しかし、不可抗力とはいえ既に三人も関係者を殺めてしまった。早くも追われる立場である。

そしてイズミの角が異音を捉える。刀に手をかけて振り向くと、建物の反対側に面頬姿の男が立っていた。その距離約20フルム。右手に短い直刀、首筋には山羊の刺青。間違いなく暗殺者である。

「……女一人殺すのに、ずいぶん大袈裟じゃない」

イズミは苛立たしげに吐き捨てた。

「爆弾投げ込んだのあんた?とんだ腰抜けだね」

暗殺者は何も反応を返さず近付いてくる。その距離15フルム。イズミは舌打ちし、鞘から刀を抜いた。暗殺者は間合いの僅かに外で止まり、直刀を構える。イズミは間合いを保ちながら、じりじりと円を描くように動く。地上から聞こえる喧騒が遠くなっていく。相手は微動だにしない。イズミの額に汗が浮き、流れた。その刹那が無限に感じられた。

ぼん。

何かが引火して弾けた。それが合図となった。イズミは床を蹴り、袈裟斬りを繰り出す。暗殺者は右手のみで直刀を閃かせ、それを弾く。イズミは構わず連撃を繰り出し、暗殺者の防御を崩しにかかった。白刃の閃きも剣戟の音も、燃え盛る炎と喧騒に掻き消されている。イズミの戦いは誰にも顧みられる事はない。これまでも、これからも。

幾合か打ち合ったのち、暗殺者の構えに僅かな揺らぎが生まれた。イズミはその隙を逃さず踏み込み、突きを放つ。刃が相手の胴を貫く寸前、暗殺者の左手がそれを止めた。細く奇妙な枝を持つ金属棍がイズミの刃を絡め取っていたのだ。十手じって。イズミの故郷、ひんがしの国由来の武器だ。——実戦で使うやつがいるなんて!イズミは鈍化した主観時間の中で悪態を吐いた。緩やかに流れる視界の中で、己の刀がばきりと踏み折られるのを他人事のように見た。

衝撃が手首に伝わり柄を握る力が緩む。崩れた体勢に殺到する直刀の突き。終わりだ。理性はそう判じた。終わるものか。本能は抗った。落としかけた刀を握り直し、イズミは前へと飛ぶ。致命の刃は肌を掠めるに留まった。死は遠ざかった。僅かな安堵。しかし立膝になって相手に向き直った時、眼前には相手の蹴り足が迫っていた。今度こそ避けられない。とっさに構えた細腕の防御を貫き、暗殺者の硬いブーツがイズミの鳩尾に叩き込まれた。骨が軋む音が、確かに聞こえた。

イズミは吹き飛ばされ、床に転がった。凄まじい痛みが心身を支配する。痛い!痛い!痛い!血反吐が込み上げ、呼吸が上手くできない。枯れたはずの涙が溢れて視界を歪める。勝利を確信した暗殺者の足音が聞こえる。終わりだ。痛みに苛まれた身体は諦めようとしている。だから勝てる。戦の狂気に蝕まれた精神が牙を剥いた。

イズミは折れた刀の柄に力を込め、暗殺者に向けて投げつけた。苦し紛れの足掻き。暗殺者は飛んで来た刀をしっかりと見据え、僅かな動きで回避した。だから、柄から放たれた閃光を真正面から見てしまった。イズミは血反吐に塗れた床に伏せながら、ニタ……と笑った。

間髪入れず、イズミは力を振り絞って立ち上がり、暗殺者に肉薄した。視界を完全に奪われた暗殺者は、それでもまだ立っていた。イズミが居るであろう位置に向けて前蹴りを放つ。咄嗟に繰り出した直前の有効打。だがイズミはそれを読んでいた。僅かに跳躍し暗殺者の蹴り足を踏みつけ、その爪先を床に押し付けた。そしてそのまま空いた足で相手の膝を思い切り踏み抜く。暗殺者の足は鳥類を思わせる形状に貶められた。暗殺者はここに至って初めて悲鳴をあげたが、それも長く続かなかった。イズミに奪い取られた直刀が、その喉を掻き切ったからだ。崩れ落ちていく暗殺者は、女の目が不気味なまでに輝いているのを確かに見た。そして意識は永久に暗転した。

◆◆◆

宿屋の火勢は更に強まり、地上はますます騒然としている。イズミは荒い呼吸を整える間もなく、暗殺者の死体を漁っていた。とっておきの閃光弾まで使わされ、武器すら失ってしまった。こいつから奪わなければ何も出来やしない。ひとまずはこの直刀と、投げナイフ、あとは手投弾がひとつ。

イズミは屋上から周りを見渡す。今のところまだ増援は来ていない。だがぐずぐずしてはいられない。腹を決めてヘールゲーツの屋敷に行き《禁書》を奪うしかなくなった。——自分はそのために来たのだから。イズミは煙草に火をつけて深く煙を吸い込み、吐き出す。鳩尾の痛みが消えたような気がした。踵を返し、隣の建物に足をかけたところでふと振り返る。仕留めた暗殺者の死体が変わらず転がっているのが見えた。イズミはおもむろに手投弾を死体に向けて放り投げ、そのまま大急ぎで屋上を飛び渡って行った。二度目の爆発が巻き起こり、大衆は大混乱に陥った。

◆◆◆

燃え上がる安宿の周りは野次馬でごった返しており、不滅隊の交通整理も焼け石に水だった。これでは呪術士ギルドの消防方も当分現場に辿り着けないだろう。そんな表通りの様子を見て、路地裏へ引き返す男が一人。赤い尾に猫のような目つき。ミコッテ族である。他の種族よりも高い位置にある耳に指を添え、リンクパールを起動して話し始める。

「おう、あるじ殿。今どこだ?」

男は周りを見渡しながら道端の看板を眺める。集合地点の赤チョコボの看板。

「メチャクチャだ。何があったか知らねぇが、奴ら街中に兵隊を出してるぞ」

路地の先を厳しい男たちが殺気立って駆けていくのが見えた。ミコッテの男はそのまま通信相手の返事を聞き、虚空を見上げる。

「……言うと思ったぜ」

「当然です」

横合いから年若い娘の声がした。男が振り向くと、カウル姿の人物が闇の中から姿を現した。目深に被ったフードで顔は判然としない。

「行きましょう。ヘールゲーツの館へ」

凛とした声には確固たる意志があった。つかつかと歩き出す娘の後ろを、男はやれやれと呟きながら後を追う。やがて二人はウルダハの闇の中へ消えていった。

【続く】


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