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紫は雨に烟る1 - Izumi Origins EP3

注意書き
時系列はメインクエスト5.0頃ですが、ゲーム本編の描写やネタバレは特に無し。暁メンバーなど本編の主要NPCは登場しません。自機や創作NPC、人様の自機中心です。青年漫画相当の描写があります。
前回
STINGY SOUVENIR AND SPECTACULAR SCENERY
※読まなくてもこの話は読めます

イズミはテーブルに置かれた燐寸を手に取り、手慣れた仕草で咥えた煙草に火を点けた。苦い香りが肺に流れ込んでいく。部屋は暗く、対面の壁もよく見えない。イズミはソファに座ったまま動かず、闇を見つめながら紫煙を燻らせた。

同じ香りをまとった煙が傍らから流れてくる。ソファに投げ出した手に何かが触れた。無骨な指だ。イズミは視線を横に滑らせる。すぐ隣で体格の良い男の影が煙草を咥えていた。アウラ・レン族のイズミと異なり、角は持っていない。

視線を察したのか、男は煙草を灰皿に押し付ける。イズミもまた、火を点けたばかりの煙草を灰皿に置いた。影が動き、逞しい腕がイズミの細い体を抱き寄せる。影はイズミの角を避けながら唇を重ねた。苦い煙草の味がした。

闇の中で影は重なり、絡み合う。男がもたらした魔除けの煙草が無ければ、こうして誰かと肌を重ねるどころか、眠る事すらままならなかった。独りで戦い続けてきたイズミと共に歩んでくれる、かけがえの無い温もり。

「——なぁイズミ」

男が角に囁く

「なぁに、⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎」

「顔を見せてくれ。暗くてよく見えないんだ」

イズミはくすくすと笑い、身を捩る。隙間から漏れる月明かりの元へ身体を寄せた。短く揃えられた紫の髪と白い角。上気した鱗の肌と豊かな双丘が露わになる。

「これでいい?」

イズミは細い腕を男に伸ばした。僅かな物音が聞こえたが無視した。

「見えないな。真っ暗だ」

イズミは僅かに訝しみつつ、男の身体に触れた。月明かりの元に男を引き寄せる。

《……ミ……さ……》

物音が増した。聞き覚えのある声。

「イズミ、どこにいるんだ?」

月光に照らされた男は唇を動かし、問うた。男の頭部に唇より上の部位は無かった。捩じくれた枝が上顎から出鱈目に生え、早贄の如く枝先に突き刺さった眼球がぎょろぎょろと動いていた。イズミは叫んだ。部屋が歪み、眩しい光が差し込む。

《……ズ……さん!起きて!》

《イ……ミちゃん!》

イズミを喚ぶ声がはっきりと聞こえてきた。光が全てを塗りつぶした。歪んだ男も、少女の目から流れる涙も、温もりも、全て。

「イズミさん!起きてッ!」

悲痛な男の声と共に覚醒したイズミの瞳に映った光景は、今まさに自分の頭に齧り付こうとする妖異ヴォドリガの顎門あぎとであった。瞬く間に顔面を齧り取られるのは必定。しかしイズミは鈍化した主観時間の中で、巨大な嘴状くちばしじょう口吻こうふんに並ぶ出鱈目な牙や、その表面で光るぬらぬらとした粘液の流れをも認識していた。そして己の頬に残る涙の跡も。イズミは感傷を握り潰し、右手の神経にエーテルを走らせた。動く。ならば、良し。

時間が加速。肉と骨の砕ける音が小屋に響く。だがそれは哀れな女のものではない。イズミは己を抉り殺そうとする口吻に向かって右腕を叩き込んでいた。その手に握られていたのは、懐から取り出したメラシディア投げナイフめいた邪悪な短刀である。

《ギィヤァァァァァァ!!!》

後頭部まで刃を貫通させられた妖異が断末魔の叫びを上げる。当然の如く、毒が付与されている。イズミは妖異に右腕を突っ込んだまま跳ね起き、小屋の壁に妖異を叩き付けた。

《ウギャァァァァァァァァァ!!!》

イズミは憎悪を込めた目で妖異をひと睨みし、邪悪な刃を捻り込んで止めを刺す。哀れなる妖異は黒い霧となって四散した。イズミはもはやそれに一瞥もくれず、振り返って小屋内を見渡した。戦闘で荒らされた猟師小屋。妖異の残骸と爆発四散痕。物陰に身を隠し怯える浅黒いヒューランの青年。対角の隅には巨大なオーガ属妖異と小柄なララフェル族の槍使い。交戦している。だがどちらも突然覚醒したイズミに驚き、動きが止まっていた。イズミは迷いなく床を蹴り、駆けた。

《ブォォォォォッ!!!》

叫ぶ妖異に向かってイズミはメラシディア投げナイフめいた邪悪な短刀を投げつけ、自らは床から壁を駆け上がった。妖異は短刀を弾き落とし、輝く瞳の軌跡を目で追う。果たしてその先に女はいた。己の頭上、天井に立っていた。

「じゃあね」

イズミは天井を思い切り蹴り、重力と反動が乗算された飛び蹴りを妖異の眉間に喰らわせた。ブーツの踵から飛び出した杭が、妖異の頭蓋骨を貫き、脳髄を破壊せしめていた。イズミは杭を切り離し、妖異から飛び離れる。着地と共に、オーガは黒い霧となって爆発四散した。

イズミは大きく息を吐き残心ざんしんした。残敵無し。槍を構えたララフェル族と、物陰から這い出してきたヒューラン族はどちらも呆気に取られている。よくよく顔を見れば、そのどちらもイズミは面識があった。あれは——

「ぐッ……!」

鋭い痛みがイズミの全身を襲った。戦いの高揚が引き、肉体が状況を正しく伝えてくる。

「イズミさん、横になってください。無茶ですよ」

「そ、そうだぜ!なんで動けるんだよ!」

「スズケンさんと……テオドア?なんであんた達が……?」

「それはこちらの台詞ですよ!あなたが行き倒れていたんじゃないですか!」

緑髪のララフェル——スズケン・ベオルブが声を荒げる。イズミは視線を外し、ぼやけた記憶を辿った。悪夢の向こう側にあったものを思い出そうとする。

「——あぁ、そうだ。私は」

イズミはふたりにきびすを返し、部屋を見渡した。荒れ放題の小屋の片隅に、見覚えのある刀と鞄。

「拾っててくれたんだ。ありがとう」

「いや、だからですね」

イズミは鞄を背負い、刀を留め具に繋いだ。そして懐から煙草を取り出し、火を点ける。

「どういう事情かわかりませんけど、あなたの負傷はまだ治しきれてないんです。煙草なんか吸ってないで、座ってください」

「そうだぜ。それにこの雨だ」

イズミはヒューランの青年——テオドアが顎で示す先を見やった。窓の外は暗闇が広がり、無視出来ない雨音が響いていた。イズミはじっと闇を見つめながら、煙を吸い込む。

「とりあえず、止むまでここにいようぜ。な、イズミちゃん?」

イズミは身を案じる知人達を前に瞑目し、やがてゆっくりと歩み寄ってきた。スズケンが幻術の準備を整えようとしたその時、イズミは口に含んだ煙草の煙を二人に思い切り吹きかけた。

「わッ!ゴホッゴホッ!」

「な、なんだよいきなり!」

抗議する二人にイズミは無表情に答える。

「助けてくれて、感謝してる。これは、せめてものお礼」

イズミは背を向け、玄関扉を開けた。

「魔除けだよ。雨が止んだら、さっさと立ち去って」

「ゲホゲホッ、いや、何のことです?!」

「だッ、だから雨がひどいんだって!」

「関係無い」

イズミは敷居を跨ぎ、屋外へ出た。雨粒が白い鱗肌を叩き、泥濘に足が沈む。

「……逃がすものか」

イズミはもはや誰に言うでもなく呟き、闇の中へ消えた。

【続く】

登場人物紹介
青葉あおばイズミ……呪われた冒険者。現在は『光の戦士』の従者リテイナー。妖異を憎んでいる。
スズケン・ベオルブ……『光の戦士』と知己の冒険者。槍術や魔法など多彩な技能を有するが本来は研究者。専門は魔物と畏国イヴァリース史。
テオドア・ドギィ……『光の戦士』の拠点に入り浸っている船乗りの男。姉が冒険者であり、彼女の従者リテイナーでもある。


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