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荒れ狂う混沌の焔 1

登場人物紹介

イズミ・アオバ
アウラ、女、21歳、妖異狩りの剣士、荒事が好き。

ラドミラ・パーマー(ラディ)
ルガディン、女、17歳、薬師兼銃士、イズミお姉様が好き。

スズケン・ベオルブ
ララフェル、男、30歳、竜騎士他色々、イヴァリースが好き。

「お姉様!見てくださいほら!」

ルガディンの娘は輝く指輪をつまみ、隣に座る仲間に声をかけた。ルガディンの指にもはまりそうな大きめの指輪は、朝から彼女が磨いていた甲斐もあり、鈍い銀の輝きを放っている。お姉様と呼ばれた白鱗のアウラは古雑誌から目を離しその指輪を見る。

「なに、磨き終わったの?」

「そうです!ほら!私の指にピッタリ!」

ルガディンの娘は人差し指に指輪をはめ、ひらひらと手のひらを動かながら指輪を見つめる。

「お姉様の分も見つけたら、プレゼントしちゃいますね!おそろいですよ!」

「そうね、四つぐらいまとめて貰えると嬉しいかな。格闘武器代わりになるし」

「もー!」

ルガディンの娘—ラディは長い赤髪を揺らしながら頬を膨らませ、指輪の仕上げに戻った。アウラの女—イズミは欠伸と共に伸びをし、傍に置いていた冷めたコーヒーを啜った。

ダルマスカ地方北部、ゼラモニア遺跡から程近い集落は長閑のどかの一言に尽きた。まばらに建った住居の間を行き交うのは野良仕事に出掛ける農夫ぐらいで通りにはまるで人がいなかった。数日前にやってきたイズミ達冒険者一行も初めは奇異の目で見られたが、それもすぐに収まった。彼女らも不必要に集落に干渉せず、宿屋を拠点に遺跡の探索に勤しんでいた。

集落から程近い場所に口を開けた洞窟の先にあるのが、件のゼラモニア遺跡である。ゼラモニアといえば、古イヴァリース時代に存在した小国の名前であるが、集落のものは「山向こうの洞窟」としか呼んでいない。「ここがゼラモニアである」と主張しているのは一行のひとりスズケンである。この旅はイヴァリース研究者である彼の仮説を立証するためのものであった。

幾度か分けて行った探索の結果、人工的に造られたであろう柱や天井が各所に見つかった。確かにただの洞窟ではなく、なんらかの遺構であることは間違いなさそうである。いまもスズケンは二階で回収した遺物を熱心に分析している。イズミとラディも共に分析してはいたが、あまりにも専門的になってきたため、彼女らは宿屋のテラスでぼんやりと休息していたのであった。

ラディが熱心に磨いていた指輪も遺跡から掘り起こした遺物だ。他にもそれなりに金銭的価値のあるものは無いこともなかったが、目を見張る財宝の類は見かけていない。それを探しに来たわけでは無いが、あまりに実入りが少ないようならどこかで探索を切り上げる事になる。古代のロマンだけで腹は膨れない。

イズミは青く晴れた午後の空や、閑散とした通りを何の気無しに見渡した。向こうから農夫が帰ってくるのが見える。それ自体は何も珍しく無い日常だが、荷車を引いている背の高いエレゼンの男は農夫ではなかった。

外套の下に見えるのは明らかに甲冑であり、その背中には豪奢な斧を背負っている。冒険者の類だ。そして彼と農夫は親しげに会話しているようにも見える。この集落出身の冒険者が久々に帰省してきた。大方そんなところであろうか。

荷車はイズミの前を通り過ぎ、斜向かいの住居の納屋にしまわれていった。物腰柔らかなエレゼンの男は、去り際にイズミに気付き、柔和な笑顔と会釈を送ってきた。イズミは儀礼的に会釈を返す。そのまま男はイズミに背を向けて去って行った。

イズミはずっとその背中の斧を見ていた。どこかで見たことがある気がする。だか、それがどこの何であるか思い出せなかった。そんなイズミの背後を宿屋の階段をどたばたと駆け降りてくる足音がする。

緑髪のララフェル族が小さな身体に槍を携えてイズミの横を通り過ぎ、エレゼンの男が去っていった方角を睨んだ。

「あれ、スズケンさん、どしたの」

「今の男の獲物、見ましたか?」

「見たよ。ていうかよく気付いたね上から」

「たまたま窓の外を見たんです」

「そう。…あれ、どっかで見た覚えがあるんだよね」

イズミが角を掻いていると、スズケンは懐から一枚の紙を取り出し、広げた。イズミはスズケンのそばに寄り目を通す。少し前にボズヤ暫定政府軍のルートで回ってきた重要資産強奪犯の手配書。

犯人の人相は未だ不明ながら、盗まれた物の特徴が描かれていた。巨大な戦斧、ミスリルめいて鈍く輝く刀身と柄、宝玉が多数埋め込まれた古代ボズヤ様式…。今通った男が背負っていた物と見事に一致していた。

「…堂々としてるね。見落とした私が言うことじゃないけど」

イズミは舌打ちし、通りの向こうを睨んだ。

「す、スズケンさん。この斧って、もしかして」

ずっと指輪を磨いていたラディも事態に気がつき、おずおずと不安を口にした。

「そう。アラグの聖遺物、トリガーウェポンですよ」

「それ!それだ!」

イズミは手を打ち、己の不覚を恥じた。ボズヤ解放戦争において、レジスタンスに甚大な被害と大いなる救いを齎した聖剣セイブ・ザ・クイーン。その聖遺物の正体は古代アラグ帝国が作り出した蛮神召喚機。それがトリガーウェポンである。極めて危険な代物であることは言うまでもない。

「解放戦争最末期、帝国第Ⅳ軍団は別の聖遺物を回収していたんです」

スズケンは語る。

「そしてそれは第Ⅳ軍団の壊滅と共に、ダルマスカ政府が奪還しました。そのまま厳重に保管されていたと聞いています」

「でも、どういうわけか盗まれて…」

「あの人が、持ち歩いている…?」

「おふたりとも、部屋に戻って装備を取ってきてください。追います」

「了解」

イズミは踵を返して足早に自室に戻った。ラディはテーブルに広げた彫金用具を慌てて片付け、どたどたと戻っていった。

◆◆◆

男の行き先は尾行するまでもなく突き止められた。予想通り彼はこの集落の人間であり、あたりの人間に尋ねれば彼の住居はすぐに判明した。名はジョアキム。彼の父親は町外れの家でよくわからない研究に明け暮れているのだという。

「…久方振りに帰ってきた息子の手土産が、アラグの聖遺物、と」

「嫌な予感しかしませんね」

イズミとスズケンは足早に林道を進みながら言葉を交わす。そこへ後ろに続くラディが割り込んだ。

「でも、蛮神ってそんな簡単に呼べるものなんですか?」

「無理です。トリガーウェポンだって莫大なエーテルがなければ起動しません」

「蛮神を呼ぶに足るようなクリスタルの流通があったら、とっくにお上が嗅ぎつけてるよ」

「で、ですよね。でも、あの人は…」

「えぇ、単独で使えないトリガーウェポンをわざわざ危険を犯して盗み出したんです」

「なにかアテがある、って事だよ…!」

「そ、そんな…」

「あった、あの家」

林道を抜けた先に情報通りの家屋があった。隆起した崖の麓にへばりつくように建てられた粗末な家は、絡まる蔦や生い茂る雑草で今にも埋もれそうだった。イズミ達の足元から続く痕跡はそのまま家屋の入り口まで続いているようだ。

「どーする?」

イズミは仲間達に問う。イズミ自身は刀に手を掛けており、そのまま正面から入って行くつもりのようだ。後ろに立つラディは考え込んでいる。同じく思案していたスズケンは何事か答えようとした、その時である。

ARGHHHHHHHHHHH!!!!!

凄まじい悲鳴があたりに響き渡った。断末魔の如き絶叫に驚いたラディが尻餅をつく。イズミとスズケンは一瞬呆気に取られたのち、出所を睨んだ。他ならぬあの家だ。二人は視線を交わし、頷いた。

「…行きましょう!」

スズケンとイズミは武器を構え駆け出した。あわてて起き上がったラディもホルスターから拳銃を抜き後に続く。ラディが家屋の前まで着いた時、すでにイズミは扉に手を掛けていた。呼びかけに反応はない。施錠もされていないようだった。

イズミが合図を送る。二人で突入するからラディは援護。そういう符牒だ。ラディは頷き、少し離れた位置で周囲に銃口を向ける。誰もいない、静まり返った周囲が恐ろしく思えた。

イズミは深呼吸し、意を決して勢いよく扉を押し開けた。広がる闇に踏み込みスズケンと突入する。部屋の中を見通す前に、イズミは何かと目が合った。漏れ出たエーテルの目を輝かせ、回転して飛んでくるものが見えた。

それが人の首であると認識する前に、イズミは左手に仕込んだ暗器を起動させ、後ろのスズケンを守ろうとした。玄関扉を吹き飛ばす爆発に二人が呑まれたのを、ラディは見ている事しか出来なかった。

【続く】

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