伸び続ける壁と街 パレスチナ自治区ベツレヘムで見た分断された街

12月末、クリスマス飾りに包まれた街には、お祝いムードが漂っていた。エルサレムからバスに揺られて約30分。イエス・キリスト生誕の地として知られるここベツレヘムには、毎年多くの巡礼者が訪れる。特にクリスマス前後は、その人混みは勢いを増す。キリスト生誕教会にある謙虚の門と呼ばれる、人一人がやっと通れるほど狭い入り口を抜けた先の教会内は、多くの人でごった返していた。その喧騒の中で、世界中からやって来た信徒たちは、静かに祈りを捧げていた。

人混みを抜け、キリスト生誕教会のある丘を下って30分ほど歩くと、目の前に大きなコンクリート製の壁が見えてくる。パレスチナ自治区とイスラエルを分断する壁だ。

2002年にテロリストの侵入を食い止めるという名目で建設が始まった壁は、街を分断し、人の営みを破壊した。

ある日突然、パレスチナ人が住む街で壁の建設が始まった。分断された街の一方はイスラエルの入植地となり、そこに住んでいた住民は住処を追われた。住処を追われた人々は、イスラエルを恨みユダヤ人に対し憎悪を抱いた。そうして生まれた憎しみは、不信感と共に次の世代へと受け継がれていく。

イスラエルの武力を盾にした強行的な姿勢は、パレスチナ人に不信感を抱かせるだけで、和平の道を阻む大きな障壁となっている。現在も解決の道筋は不透明のままだ。過去に壁建設の中止と徹去を求める国連決議や国際司法裁判所の勧告はあったものの、その壁は、今も静かにその距離を伸ばし続けている。

先日、米トランプ政権のクシュナー大統領上級顧問を中心に作成された新たな和平案の一部が明らかになった。その内容は、500億ドル規模の経済プランにより、パレスチナ側をテーブルの席に着かせ和平を前進させようというものだが、イスラエル寄りの外交政策をとるトランプ政権の和平案に、パレスチナ側が応じる気配はない。当然であろう。

かつて誰も予想できなかったベルリンの壁崩壊。ここにそびえ立つ壁もいつか崩れ落ちる日が来るのだろうか。そうなると信じたい。一人ひとりが分断された世界がある現状を知ることが、壁に亀裂をいれる一歩なのではと思う。

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