Another World
※不倫、同性愛表現など含みますので苦手な方は閲覧しないでください。
昼間の光が嫌いだ。
アスファルトに照り返す光も、次々に点灯するビルの明かりも、全て君を連れ去ってしまう様な気がするから。
だから今日もこうして日が暮れるのを待ちわびていた。
「ごめん!待った?」
悪気がありそうな表情を見て僕は何も考えずに
「全然!今来たところ!グッドタイミング!」
こんな在り来たりな返答をした。
本当は楽しみすぎて30分前から待っていたなんて絶対に言えない。
そんな重いこと、1つでも言ってしまっては彼を困らせるからだ。
「今日はここのレストランを予約したから行こう!」
といつもみたいにスマホの画面を見せてお店の情報を教えてくれる。
なんて手際のいい人なんだろうといつも感心させられる。
「今日会社でこんなことがあってさ〜」
いつもの様に彼の何気ない生活話しを聞いては、心を開いてくれていることに安堵する。
喜色満面な僕を見て、彼も思わず笑みがこぼれる。
幸せだなと思う反面、絶対的に埋められない寂しさがいつも付き纏っていた。
「今日はいつもより良いところを取ったんだ」
彼が自慢げに話す。
「え、なんで?笑」
彼がそうする理由を僕は知っていたけど、知らないふりをしていた。
僕が不思議そうな顔をすると
「今日が出会って1年じゃん!」
と彼が言った。
(覚えていてくれてたんだ)益々嬉しくなってしまった。
「そっか!今日だったね!もう1年か〜早いね!」
「忘れてたのかよ!笑」
「え、ごめんごめんそんなに記念日とか重視しないタイプだからさ〜」
しょうもない嘘をついてしまった。素直に喜べば良かったのにと心の中で後悔した。
「まぁいいや!笑 早く行こう!」
彼の無邪気な表情にはいつも助けられる。
早速ホテルについた。
いつもよりも良いところと聞いていたが、まさか最上階のスイートルームを取ってくれるとは思っていなかった。
部屋の窓から広がる夜景はとても美しかった。でも同時に儚く虚しくも思えた。
「シャワー浴びてくるね」
と彼はバスルームに向かった。
身に付けている時計などは外して机の上に置いていく。
そして毎回そこに光るリングを見るたびに、この夜空の遥か彼方に飛んで行きたいと思っていた。
そう、自分は彼の1番じゃない。2番になれているのかも分からない。
でもこの関係が嫌いではなかった。でも好きでもなかった。
自分でも相当クズなことをしているなと思ってはいるけれども、彼に会う度、僕の想いは加速していく。
彼が頼んでくれたルームサービスでシャンパンを飲んだ。
僕の好きなアルマン・ド・ブリニャックなんて頼んじゃって、この人はどこまで僕のことを誘惑するのかと思った。
2人で見る夜景もまたとても美しかった。だけど1人で見る時よりも虚しさは倍に膨れ上がった。
「今日はありがとうね」
「君の喜ぶ顔が見たかったからだよ」
なんて典型的な口説き文句なのだろう。
でもそんな言葉に一喜一憂してしまう自分の心は、もはや自分自身でも分からない。
ビルの明かりが徐々に消えていく度に、自然と僕らの身体はベッドへと移りゆく。
「電気暗くして」
僕がそう言うと、彼は僕の好きな明るさにライトを調整してくれる。
(本当によく分かっているなぁ)といつも思う。
「好きだよ、愛してる」
思わず言葉が零れてしまった。
「俺もだよ」
と彼は答えて優しくキスをしてくれた。
でも僕は分かっていた。
彼は決して自分から「好きだよ」と言わないこと。
きっとこれだけは彼自身気付いていないことだと思う。
こんなに色々なことをしてくれているのに、何か満たされない理由はきっとそこなのだろう。
僕は彼を癒す存在なだけであって、彼が守りたいと思える存在ではないのだ。
彼が求める足りない部分を補うだけの存在、それが『僕』。
自分はバカなはずなのに、こんなことに限って論理的に考えてしまうのは何故だろう。
ただ一瞬の快楽が、一時的に僕の思考を停止させる。
僕の大好きな光のない世界だ。
僕には毎回、夜明けの足音が聞こえて彼より先に目を覚ます。
彼の寝顔を見て、幸せだなと感じる反面また儚さと虚しさが襲ってくる。
時刻はam:5時。もう少しだけこの時間を味わいたいと思った矢先、彼のセットしていた目覚ましが鳴り響く。
「おはよう!」
僕は優しく彼を起こした。本当は起こしたくないその想いを留めて。
彼も微笑みながら「おはよう」と言ってくれた。幸せだ。
「そろそろ支度する時間だよ?」
僕は彼にそう言った。
「いつも起こしてくれてありがとう」
彼はそう言って僕の頬に優しくキスをした。
「シャワー浴びてくるね」
と彼はバスルームに行った。
その瞬間、僕は彼の知らない、いつもの事をした。
彼の外したリングを自分の指に嵌めた。
少し大きいそのリングには別のもっと大きな意味が込められている。
自分の翳す向こうの風景は、陽が徐々に登ってきている。
美しいと感じるが、僕はこの風景が大嫌いだ。
彼がシャワーから戻ってくる前に、僕はリングを元の場所に戻した。
もちろん彼は気付いていない。
「チェックアウトまで時間あるからいつもみたいにゆっくりしてて良いよ」
彼のいつもの台詞。
「うん、分かってる。いつもありがとうね!」
笑顔で返答する僕。ただの強がりなんてこと、彼はきっと分からないだろう。
シャツを着る彼の背中を見て、僕はこの人が帰る元を想像する。
僕よりも幸せな人が待っている場所で、君はどんな表情を見せるの?
どんな優しい言葉をかけてあげるの?
どんな優しいキスをしてあげるの?
そんな事を考えていると彼の準備が終わり
「じゃあね!また連絡する。これからもよろしくね」
と言って彼は部屋を出た。
リングを外した僕の指は戸惑っているのか、小刻みに震えている。
僕は窓から彼の帰る姿を見ていた。
とてもカッコ良い、といつも思わされる。
その瞬間、僕の視界が涙で溢れた。
幸せすぎる一夜の後は、いつも死にたくなるほど虚しいものへと変わる。
彼の笑顔を増やす度に、自分の心が段々死んでゆくのを感じていた。
いつか昼間の光を好きになりたい。
いつか昼間の街を2人で歩きたい。
いつか君と共に本当の生きる喜びを感じたい。
「ねぇ、僕はきっと、幸せになれるよね?」
fin