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なぜ朝の時間は大切なのか。一番若い今の時間が大切なのか。

同じものでも同じ価値ではないときがあるのは、当然のことである。しかし、日常生活ではそこまで意識されていないように感じる。
もの、通貨、時間の価値がどのように変わっていくのかを考えてみた。

価値は変動する

例えば、同じマスクであっても、コロナ感染が拡大を始めた2020年1月にはその価値が高まり、通常の何倍もする値段で取引されていた。

需要と供給のバランスによって、そのものの価値は変わる。需要が増えて供給が追いつかなくなると、そのものの価値は相対的に上がる。マーケットという外部要因で変動するのだ。

同じ通貨は常に同じ価値なのか?

この例からは、価値の大きさ≒通貨に換算したときの大きさとして考えられる。
では、同じ通貨は常に同じ価値なのか?という問いへの答えはNOだ。
その理由は2つある。
1つ目は、円安や円高という言葉があるように、通貨の価値はマーケットの中で変動するものだから。外部要因だ。
2つ目は、内部要因だ。どういうことかというと、貯金が100万円ある大人にとっての500円の価値と、貯金が5,000円しかない子供にとっての500円の価値は、同じではないと感じる。内部要因とするなら同一人物であるほうが都合がいいので、大人と子供という区分で考えたが、前澤さんにとっての1万円と私にとっての1万円は同じ価値ではない話と一緒である。第3者から見ると同じ価値なのだが、それぞれの当人が感じる大きさは異なるという意味だ。ここには、割合という概念がある。

なぜ朝の時間は大切だし、今の時間が大切なのか?

前置きが長くなったが、ここからが本題だ。ものの価値、通貨の価値について考えてきたが、時間の価値を考えたい。通貨と同様に割合という概念が使えそうである。

朝の時間と夜の時間は一緒じゃない気がする

私は朝、早起きするのが苦手だ。朝はいつも慌ただしくなってしまうし、なんとかしたいと思うが、苦手なものは苦手なので、朝やりたいことを夜にやればいいじゃないか。だが、それも何か違う気がした。同じ10分でも、朝の10分は密度が高くて、夜の10分はなんとなく過ぎていく。

子供の1日と大人の1日は一緒じゃない気がする

1歳の娘は日々成長するし、1ヶ月も経てば大きな変化を生み出せている。それに比べて、31歳の自分は1ヶ月経過しても大した成長を実感できず、ちょっとムダに体重が増えるくらいである。時間は誰にでも平等に与えられているが、その価値は人によって異なるのではないか。

2つの時間に対する感覚を説明するのに、割合を使えないか

通貨の価値を考えたときと同様に、これらの感覚も説明できるんじゃないか。

例えば、朝の10分を考える。7時に起床して8時までの間の30分を切り取ると、30/60で50%を占めている。この30分は1日の半分であると言えるので、かなり大きな時間だ。
一方で、7時に起床して23時に寝る直前の30分を切り取ると、30/960で約3%でしかない。この1日に対してはかなり小さな割合でしかない。

1歳から2歳になる1年間は、その人生の半分を占めている。1歳から2歳に2倍成長したという感覚が近いだろうか。
一方で、30歳から31歳になる1年間は、せいぜい3%程度の変化量でしかない。30回も経験したことをもう1回経験するだけとも言える。

このように割合を考えると、朝の時間は夜の時間に比べて価値が大きいと言えるのではないか。子供の時間と大人の時間も同様である。

こういう研究結果とか、〇〇理論のようなものがありそうですよね。知っている人がいたら教えて下さい。

今の時間が今後の人生で一番価値が大きい

この理論に従うのであれば、年を取れば取るほど時間あたりの価値は減衰していく。つまり、今後の人生の中では今の時間の価値が一番大きいのである。だからこそ、今を大切にしていくと、良い人生になるのかもしれない。
あとは、早起きして朝のゆとりを作ることも。

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