マツタケ狩りと流通に存在する不安定な周縁資本主義——アナ・チン『マツタケ——不確定な時代を生きる術』を読む
アナ・チン(Anna Lowenhaupt Tsing, 1952 - )はカリフォルニア大学サンタクルス校文化人類学科教授。エール大学を卒業後、スタンフォード大学で文化人類学の博士号を取得。フェミニズム研究と環境人類学を先導する世界的権威。おもにインドネシア共和国・南カリマンタン州でフィールドワークをおこない、森林伐採問題の社会経済的背景の重層性をローカルかつグローバルな文脈からあきらかにしてきた。著書に"In the Realm of the Diamond Queen: Marginality in an Out-of-the-Way Place"(Princeton University Press, 1993), "Friction: An Ethnography of Global Connection"(Princeton University Press, 2004)など、多数。
本書『マツタケ——不確定な時代を生きる術』は、オレゴン州(米国)、ラップランド(フィンランド)、雲南省(中国)におけるマルチサイテッドな調査にもとづき、日本に輸入されるマツタケのサプライチェーンの発達史をマツタケのみならず、マツ類や菌など人間以外の存在から多角的に叙述するマルチスピーシーズ民族誌である。マルチスピーシーズ民族誌とは、人間以外の存在(樹木や菌類などの生物にかぎらず、岩石などの非生物も含む)との関係性において人間を相対化しようとする、あらたな手法である。
ホストツリーと共生関係を構築するマツタケは人工栽培ができず、その豊凶を自然にゆだねざるをえない不確定な存在である。そうしたマツタケを採取するのも、移民や難民など不安定な生活を余儀なくされてきた人びとである。生態資源の保護か利用かといった単純な二項対立を排し、種々の不確定性が絡まりあう現代社会の分析にふさわしい社会科学のあり方を展望している。
マツタケは野生のキノコであり、人間が撹乱した森林に発生する。日本で珍重されるため世界でもっとも高価なキノコとなっている。しかしマツタケを採取する多くのマツタケ狩りたちは、強制的に退去させられたり、公民権を剥奪されたりした文化的少数派の人びとである。商業目的に野生キノコを採取することは、保障のない不安定な生計の好事例である。本書は、マツタケの取引と生態を通じて、こうした不安定な生計と環境についての物語をとりあげている。それはモザイク状に無制限に広がり絡まりあう生きざまのアッセンブリッジ〔寄りあつまり〕であり、さらなる時間的リズム(temporal rhythm)と空間的円弧(spatial arcs)のモザイクに対しても開かれている。
唯一絶対の進歩ではなく、複数の時間性と多様性を尊重する本書は、スケーラビリティを追求する、今日の資本主義のあり方に批判的である。しかし、だからといって資本主義を否定しているわけではない。そうではなく、資本主義を資本主義たらしめるものとして、周縁資本主義(ペリキャピタリズム)なる着眼を提案している。周縁資本主義とは、資本主義の内部でもあり、外部でもある場であって、資本主義的形式と非資本主義的形式とが相互に作用しあっている場である。周縁資本主義は、自明のことと思われてきた資本主義の権威を再考する場となり、たったひとつではなく、複数のやり方で前進していく好機を提供してくれる。