マルクスが発見した新たな「大陸」——アルチュセール『マルクスのために』を読む
ルイ・ピエール・アルチュセール(Louis Pierre Althusser、1918 - 1990)は、フランスの哲学者。マルクス主義哲学に関する研究において著名である。フランス共産党を内部から批判すべく『マルクスのために』、『資本論を読む』を著し、マルクス研究に科学認識論的な視点(認識論的切断や徴候的読解)を導入した。高等師範学校(エコール・ノルマル・シュペリウール)の講師として、ミシェル・フーコー、ジャック・デリダ、ミシェル・セールら多くの哲学者を育てた。
本書『マルクスのために』は1965年に発刊されている。当時、各国の共産主義を取り巻いていたヒューマニズムの風潮に、アルチュセールは警鐘を鳴らした。「マルクス主義ヒューマニズム」という考え方に対しても、アルチュセールは距離をとる。マルクス主義ヒューマニズムでは、若きマルクスの「疎外された主体性の奪還」というテーマですべてを語ろうとするきらいがあった。しかし、アルチュセールが主張したのは、マルクスがもっと重大な発見をしたということだった。
それが冒頭で引用した文章でよく表現されている。マルクスがやったこととは、科学的知識に対して新たな歴史的「大陸」を発見したということだというのだ。それは、歴史上先例のない新たな科学的発見であった。そのマルクスの新しい思想とは、ヘーゲル的なプロブレマティック(問題系、問題設定)を脱するところに本質がある。ヘーゲルにおける「現象」と「本質」の関係、単一の内的原理から社会を説明する方法を、マルクスはひっくり返す。それも、ただひっくり返すのではなく、「現象—本質」という前提(プロブレマティック)そのものを問い直し、「(経済的)土台による規定と上部構造による反作用」という別な問題を提示する。これが「重層的決定」という概念である。ここにおいては、社会の一元的な規定原理というものは想定しえないのである。
このような理論的前提のもと、アルチュセールは、マルクスの知的態度を「"無"歴史主義」と称し、さらにその発見を「歴史の科学」と規定した。アルチュセールによれば、マルクス主義の歴史観である「史的唯物論」とは、ある社会をその歴史的変容に即して分析する、ひとつの「科学」に他ならないというわけである。
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