ソノヤマ・タカスケ
「世に出なかったアイデア」はデザイナーがこの世を去ると同時に、存在しなかったことになってしまいます。 私にも世に出せなかったアイデアが沢山あります。多くはアイデアと呼ぶのもどうかと思うような妄想レベルですが(笑)それでもなかったことにするのは少し勿体ない気がします。 そういった妄想の数々を追想することで供養していこう、というのがこの「妄想供養~Dead Idea Embalming~」です。 皆さんも是非、供養にご参列ください。 きっと妄想たちも浮かばれることでしょう。
2003年末、携帯型ロボットの企画がありました。 ロボホンに先駆けること12年、初代iPhoneの登場もまだ2年ほど待たねばならない、ガラケー全盛の頃です。 想定したのは、小学生ぐらいの子供が首から下げて情報提供や安否確認をおこなう、御守りのような情報端末です。単なるロボット型情報端末ではなく、新しいコミュニケーションのかたちを目指しました。それは、あえて断片的な情報を提供することで、人同士の対話や実物に対する好奇心を触発するというものでした。 例えば、メールを全
家電メーカー在籍中の2000年頃、研究部門で開発していたコミュニケーションロボットのデザインを担当する機会がありました。 提案したのは「できないことを明らかにするデザイン」です。 ロボットは他の工業製品に比べ、能力を過大評価される傾向にあります。「走れないの?」「物を運べないの?」なんかは序の口で「飛ばないの?」「目からビーム出ないの?」みたいな無茶な質問をされることが当時はたくさんありました。 それができないとわかると「なあんだ」とガッカリされて、他のスペックや
デザインには大量の「世に出ないアイデア」が伴います。いわゆる「NGデザイン」や「ボツ案」です。それらの中には、技術が追いついていなかったり、理解が得られなかっただけで、NGの一言で片付けてしまうには惜しいものも少なくありません。 そんな「世に出なかったアイデア」はデザイナーがこの世を去ると同時に、存在しなかったことになってしまいます。 私もデザインの仕事を永く続けていますので、諸事情で闇に葬らざるを得なかったアイデアは少なくありません。デザイン以外のアイデアも含める
【ネタバレを含みます】 映画「アイの歌声を聴かせて」に登場するAIロボット少女シオンは、どう考えてもオーバースペックです。 ノールック&片手で受け止めたバスケットボールをノーモーションで力強く投げ返し、男子高校生を柔道で投げ飛ばすという運動性能。 十代男女の好奇に満ちた視線に四六時中さらされても、その正体が露見することのない外観の完成度。 柔道部員に投げ飛ばされても、3m以上の高さからコンクリートの地面に落下しても損傷せず、腹部の複雑な開口部形状にもかかわらず、完
しばらく放置してたら使い方がさっぱりわからなくなってた (´ΦωΦ`d)
ふむ、noteは当面、顔見知りの人だけフォローするようにしようかのう。 ていうか、顔見知りの人からしかフォローされてないし(笑)
さてさて、ツイッターやフェイスブックとの使い分けをどうしたものか。 いっそのことnoteは全部英語で行くか(無理)
とりあえずはじめてみたさ。