見出し画像

年末の出来事~母をホームに入れた顛末

2022年初めての記事です。今年もよろしくお願いします。

さて、先月の2021年の年末に、86歳の母を、永らくお世話になったショート(ロング)ステイから、「サービス付き高齢者向け住宅」に引っ越ししたときの話を書きます。

前提として、母は2019年の年末に「インフルエンザで発熱」と「自宅での転倒→骨折」という絶体絶命の状態で入院をしました。

退院後の2020年1月以降、自宅での生活が厳しくなったため、週1で通っていたショートステイを主な生活の場とさせていただき、そのままコロナ禍に突入し、結果的に2年近くをショートステイで過ごしました。

通常はこのような使い方は推奨されませんが、コロナ禍で私も関係者も動けない状況だったため、例外的に見過ごしてもらえたのだと思います。

ですが、昨年秋ごろから、そろそろホームへの入居を、というケアマネさんの提案もあり、ホームを検討し始めました。

コロナが少し落ち着いていた11月に新潟に帰省し、2か所の施設を見学しました。

結果として、永らくお世話になっていたショートステイと同じ系列の施設に入居を決めました。まあ、確かに私の独断ではありましたが、やはり知っている職員さんが少しでもいたほうが良いのではないか、とか、新設のホームなので費用を少し安くしてもらえたとか・・・決めた理由はいくつかありますが・・。

なんといっても、コロナの世の中はいつまで続くかわからない。母も85を過ぎて、のんびりもしていられない。どこかで動かなければ、と考えていたため、感染者が一瞬おさまった年末に決行したのです。

まさか壮絶な入所事件が起きるとは思ってもみませんでした・・・。

画像1

12/26に仙台から新潟へ、新幹線で移動しました。

大寒波の予報が出ていました。上の画像は上越新幹線、浦佐駅あたりの天気。12月でこんな気温はめったにありません。新潟市はさすがにここまで冷えていませんでしたが夕方時点ですでに氷点下。ツルツルの歩道に冷や汗をかきながらホテルに歩いて向かいました。

今回は新潟駅近くのビジネスホテルに滞在し、レンタカーで動きました。

26日の夜に到着し、28日にケアマネさんと母に会いに行きましたがここで第1の事件が。

母は私の顔を見て「あんた、なんで来たんだ!!私は引っ越しなんかしない!!」と言い張るのです。

段取りしたつもり、だったのです。

コロナ禍でガラスやビニールカーテン越しにしか話ができません。11月にガラス越しの面会時には紙を使ったりして、引っ越しをすること、引っ越し先は安心な施設であること等伝えたつもり・・・でした。そして、ショートステイの職員さんにも根回しをして、12/29に引っ越しをすることも少し前から毎日リマインドしてもらっていました。

が!いざ引っ越しの前日に「私は絶対に動かない」って宣言されてしまい「あんた、もう帰れ」とまで言われてしまいました・・・。

あのですね、ものすごい落ち込んだんですよ。実家で車ぶつけましたもん。もちろん車の傷もケガも何もなかったのですが、メンタルやられてましたね。

ただ、その後、施設から電話をいただき、なんとか落ち着いたらしいので明日は予定通りに引っ越し、ということになったのです。※実はこの夜はほとんど寝れなかったのですけどね(-_-;)

さて夜が明けて午前中に引っ越し。

この日は従兄にも手伝ってもらい、荷物の搬入。そして、母が施設の方に付き添われて無事、新しいホームにやってきました。

「あああ、よかった!」と一安心していたのですが、その後、従兄と足りないものの買い出しに行っている時に、新しい施設の職員さんから電話。

「高橋さん、お母様がショートステイに帰りたい、って言いだして大変な状況なんです」

もうね、半泣きになりながら戻りました。

そして、私が見たのは、今まで生きてきて見たことのない母の姿でした。


過呼吸のように苦しがり、「なんでこんなところに連れてきたんだ!!」と泣きわめく母。歩いて前の施設に戻る!!と言い張る母。(足が悪いので、難しいのですが)

母は、性格的に面倒くさいところもありますが、暴れたりすることは今まで一度もなく、いつも穏やかな人でした。

なので、私も、見たことのない母の姿に慌て、どうしてよいかわからず、なだめたり、時に叱ったり、もう混乱しまくりでした・・・。

結局、看護師さんの機転で「おやつの時間ですね~」と連れ出してくれて、その後その看護師さんと話をし「あえて娘さんは顔を見せないほうがいいかもしれません(要は甘えが出るから)」とのことで、職員さんにお任せして私は施設を離れました。

その数時間後に電話をいただき、「落ち着きました~」とのことだったのですが、まあ、とにかく私としてはショックだったのですね。

そして、80代にもなって居住の場を移すということがどれほど本人たちのストレスになるか、ということを思い知ったのでした。


2日後に母と電話で直接話したら、すっかり落ち着いていて「ここの人たち、本当に良くしてくれるんだわ」と、まさに「しれっと」話していた母でした。

もう~~~!私がどれほど骨を折ったか。泣いたか。母は想像できないでしょう。

そしてようやく母から「ありがとう」の言葉を聞けたのは、先週のことでした(^ ^;;

ちょっとここでも書ききれないくらいメンタルやられた出来事でしたが、今はお陰様で母は新しい暮らしを楽しんでいるようですし、作戦としては大成功でした。

つらかったな、でも(苦笑)。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?