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言葉のイメージ②
自分が遺族であることについて。
確かに、娘の肉体は今ここにないけれど、
今も母子の関係の中で暮らしているという事において、
あんまり意味をなさなくて、
元気が出る言葉でもないという風に今日は思います。
ただ、自死遺族でいる事で楽な時期もありました。
他にも同じ経験の人がいるのを探す事ができるし、
どういう道筋をたどって暮らしていっているのか知ることができました。
周りの人が大変な事が起こったのだと気遣ってくれる事もありがたかったです。
自分がこんなに混乱していて、悲しいで表せない喪失感でいっぱいで、何もしてあげられない、生きていてほしかった、あの時にこの病院に連れていけばよかった、つらくても一緒に生きようと思っていたのに届かなかった、楽しみだってあったのに、彼女が病気の状態にあると私がしたから調子が悪くなったんだという終わりのない問いをする期間であることを許してくれるのに必要だったとも思います。
昔そう思っていた、感じていたことと、今が違う様に、未来も同じ様に思っているかどうかは、決まっていないので、決めつけない様にする練習は、繰り返ししているところです。
今の私はこう思っているんだ、
という感じ。
少し娘が亡くなってから回復する過程を書いてみようと思いましたが、
気持ちを再体験することになって、
その時の事実とは異なるうえに
しんどくなったりもするので、
「今日は書きたいな」と思ったときに書こうと思います。