寿屋

 先日、東京へ行ってきた。R-18文学賞の授賞式に行ったのである。滅多に上京しないので、メールでしかやり取りをしなかった編集者さまたちにもお会いしてきた。見上げるほどのビル群や迷路のように複雑な路線図、往来するひとの多さに、終始おろおろしてしまう、ど田舎住まいのわたし。編集者さまたちはみんな話題が豊富で面白く、わたしのヘボヘボな上わき道に逸れっぱなしの会話にも嫌な顔ひとつせずに耳を傾けてくれた。そして、授賞式。選考委員の先生がたがいらっしゃるし、歴代の受賞者さまがたくさんいらしているし、とにかく緊張した。終始、手のひらから変な汁がでていたと思う。もしかしたら最後辺りは赤かったかもしれない。血汗。そして、挙動不審でもあったな。だって、いちいちにドキドキしてしまうのだ。だけどみなさまお優しく、そしてとにかく魅力に溢れていた。ずっとお話を聞いていたい、と何度思ったか。わたしもいつかそういう風になりたいので、成長の努力を重ねていこうと思う。お会いしたみなさま、本当にありがとうございました。
 しかし思い返せば、とても充実した東京旅だった。マイナス思考が得意の緊張しいなので、行きの空港でトイレに駆け込み、しくしく痛むお腹を押さえながら「もう行きたくない、行けない……」と泣いたのが嘘のよう。わりと予定をぱんぱんに詰めていたので、食べ歩きなどできなかったのが心残りと言えば心残りかな。滞在中はコンビニご飯とビールがメインだったのだ。なので、もうちょっといたかったな、なんてことを思いながら帰ったのでした。

……日記か。

 さて、タイトルの『寿屋』であるが、知る人ぞ知る、かつて九州内に点在していた百貨店・スーパーの名前である。店内ではしょっちゅう寿屋のテーマソングが流れていて、もしかしたらあれってしょっちゅうっていうかエンドレスだったかもしれない。わたしはいまでも一言一句違えずに歌えるもの。母に訊いたら園児のころから口遊んでいたって言うし。九州人であるかを確認するためには「寿屋のテーマソング知ってる?」と訊くの、おすすめです。
 寿屋はわたしの住んでいた町にももちろんあって、子どものころは寿屋に連れて行ってもらうのが一番の楽しみだった。最上階のレストランでオモチャ付きのランチとデザートを食べ、ゲームセンターでメダルゲームを楽しみ、本屋さんで漫画を買ってもらうというのが、最高の流れだった。いつか大きくなったらひとりで寿屋に来て、本屋さんで好きなだけ本を吟味したり、おもちゃを眺めたり、雑貨を買うんだと思ったものである。
 わたしの町の寿屋は(ここ、テーマソングを知っているひとならくすりと笑ってくれるところである)、たしか五階建てだったろうか。高層の建物がまだちらほらとしかなくて、遠くからでもその姿を認めることができた。上に行っても行ってもまだ世界が広がり、屋上遊園地(というほど乗り物がなかったけれど)にいけば、気持ち良いほどに世界を見晴るかすことができる。わたしが世界の広さを感じたのは、寿屋の屋上だった。
 あれからわたしの町にはもっと高層の建物が建ち、寿屋はなくなった。年を重ねたわたしは、あべのハルカスの景色も知った。ちょうど、作家として活動を始めた頃だったか。眼下に広がる景色を眺めながら、わたしにはまだ無限の可能性があるのだと思った。これからどんどん頑張っていって、この景色の中のすべてのひとに知られるような作品を作ろう、と誓ったりもした。
 これからもきっと、心が揺さぶられるような景色を見るのだろう。思わず泣いちゃうようなこともあるかもしれない。年を取るにつれて涙腺が緩くなってしまい、いまではゆるゆるだし。号泣だってしちゃうことだろう。だけど感動の原点は、寿屋の屋上の田んぼ混じりの景色なのだ。
 なんてことを、都会の超高層ビル群の真ん中で思った旅でした。

日記か。

 

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