日本学術会議に関して「多様性」を理由にするのは無理筋ではないかという話~統計的にみてみた~
Lightblue Technologyの園田です。先端テクノロジーを活用して、ビジネスのデジタル化を進めるために、日々技術開発に励んでいます。
実は私はライトブルーで働きながら、大学院の博士課程で研究を行っています。計算社会科学という研究分野で、メディアの情報の多様性について研究しています。そこで、日本学術会議の任命拒否問題で「多様性」という言葉が先週から説明に使われ出していて、気になってしまったので、確かめてみました。
多様性の評価
人材の多様性でフォーカスされるのは、性別・年齢・所属などの属性情報と、価値観や文化などの思考的な情報の2点があります。政府は任命拒否を個別信条に基づいた判断ではないとしていることや、専門分野ごと(第1部:人文・社会科学、第2部:生命科学、第3部:理学・工学)に定員が決まっていることから、今議論されている多様性は前者の多様性の問題だと言えそうです。
そこで、性別・年齢・所属に関して多様性を計測してみたいと思います。計測する方法には、全体に占める割合と平均情報量エントロピー、HHI(ハーフィンダール・ハーシュマン指数)を用います。
平均情報量エントロピーとは、その情報リソースがどれだけ情報を持っているかを測る尺度です。物理では「乱雑さ」を意味し、エントロピー増大の法則などは聞いたことがあるかもしれません。情報学でも、その情報が不規則であればあるほど、平均として多くの情報を持っていることを意味します。つまり、エントロピーが大きいほど多様な情報を持つと言えます。
HHIとは、市場の集中度を測る指標で、市場占有度を2乗した合計で求められ、公正取引委員会が独占禁止法を運用する際に用いられています。この値が大きいほど寡占が進んでいる、すなわち多様性が低いことを意味します。
名簿の取得
現在、問題となっているのは第25期の会員名簿のようです。学術会議のウェブサイトに第25期日本学術会議会員名簿が公開されているので、それを取得し、iOSのoffice365の機能を使ってエクセルに変換しました。
本筋からは外れますが、この機能は便利で、画像からOCRによりエクセルの表を自動で作ってくれます。読み取れない文字もあるので、手作業で修正しました。(この表が欲しい方はご連絡ください。)
結果
1. 年齢
現在の204名の会員の平均年齢は60.1才で、任命拒否された6名が任命された場合も60.1才のままのようです。中央値も変わらず61才のままです。国立大学の退官の年齢が65才であることを考慮すると、実績や経験のある研究者が推薦される国立アカデミーとしては、妥当な気がします。ちなみに、管内閣の閣僚平均年齢は60.4才です。
6名を追加した前後で比較したエントロピーは1.23のまま変わらず、HHIは0.673から0.676と微増しますが、ほぼ大勢に影響はない範囲です。
年齢の多様性: 6名が任命されても多様性に影響はない
2. 性別
現在の男女比率は127:77で、女性の割合は37.7%です。任命拒否された6名が任命された場合は、37.1%と微減しますが、平均年齢60歳の方々が学生だった時代の大学進学率や現在の東大の男女比を考慮すると、この女性比率は高いと言えるのではないでしょうか。ちなみに、管内閣の女性比率は10%とG7最低です。
6名を追加した前後で比較したエントロピーは0.288から0.277とほぼ変わらず、HHIも0.530から0.533とほぼ変化しません。また、女性の割合を上昇させることが目的であれば任命拒否された6名の中に女性が含まれることは不自然です。
性別の多様性: 6名が任命されても多様性に影響はない
3. 所属
旧帝国大学に偏っていることや民間の所属が少ないといった議論がなされているようです。確かに確認したところ、旧帝国大学所属の会員が92名(名誉教授も含みます)と約半数を占めていることがわかります。しかし、文部科学省は平成29年の国立大学法人法の改正により指定国立大学というものを定め、「我が国の大学における教育研究水準の著しい向上とイノベーション創出を図るため」重点投資していくことを示しており、優秀な研究者の方々がある程度集中することは仕方ないかと思います。
もちろん、学術会議も多様性の重要性は認めており、20期では50名だった東大出身者を25期では34名(名誉教授含まず)、京大でも20期は24名を25期では16名と減少させ、産業界の出身も徐々に増やしていく形をとっています。
確かに、任命拒否された6名は民間所属ではありませんが、旧帝国大学の割合は、45.1%から45.2%に微増するだけで、全体の割合とほぼ同じです。
民間と国立の研究所の区別などが難しかったため、大学に絞ってエントロピーとHHIを算出しました。6名を追加した前後で比較したエントロピーは1.437から1.439と微増し、HHIは0.0684から0.0690と微増しますが、ほぼ大勢に影響はない範囲です。
所属の多様性: 6名が任命されても多様性に影響はほぼない
最後に
というわけで、日本学術会議の任命拒否に関する多様性の分析を行いました。年齢・性別に関しては多様性の影響はなく、所属についても影響はほぼないということがわかりました。
個人的に女性の割合が多いことに驚きました。そういえば、東大の男女比も学部→修士→博士と進むにつれて女性比率が高まります。これは留学生や他大学からの進学の影響もありますが、アカデミックでの女性活躍は産業界や政界と比較すると進んでいそうです。
首相の任命拒否の説明で使われた多様性という説明については、なんとなく使っちゃった言葉なんだろうなと思います。大原則として、多様性を認めることは組織の活性化につながり、質を高めることが期待されるため重要です。ときにはアファーマティブアクションやクオータ制などを活用して仕組みの面から多様性を向上させる必要もあります。しかし、上記の分析からも学術会議に関しては組織内での多様性向上の取り組みが進んでいるように思えます。
このようにデータに基づいて、議論することで、重要なことを見失わず、本質的な議論を進めることができます。ビジネスシーンでも同様のことが言えると思います。ライトブルーでは上記のような、データに基づいた意思決定をサポートする仕事をしています。
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