小説『緑道のジンベエ』
登場人物紹介
『緑道のジンベエ』
夕日に照らされ緑道の地面が木々の影で縞模様になっていた。
三歩先のアスファルトを見つめながら歩き続けていた。考え事をしたかったから。
2週間ほど前母が庭に植えた木が驚異的な成長スピードで裕に市役所の建物くらいの高さにまで伸びていたから、いよいよ法的にまずいのでは、と思い始めていたからだった。屋久杉みたいになる前に手を打たなければ。
「うす。」
急に声がしたからびくっと肩が上がってしまった。見るとジンベエだった。ジンベエはこの緑道に住んでいて、去年ひょんなことから知り合ったのだった。夕陽を背にしていて影がにょっとこちらに向かって伸びていた。
「うっす。」
「餌くれ。」
「ねえよ。」
「え?じゃそんな辛気臭い顔で歩かないでもらえる?縄張りを。」
「やっぱそういう意識あるんだ?」
「全然あるよ、ナワバリングよ。」
そう言いながら近づいてきてそばに立った。ジンベエはよく喋る、珍しいタイプの野良猫だった。魔法少女になってよ、とかそういうのを言わないかわりに、がめついというか、すごく図々しい口振りだったのが僕は嫌いじゃなかった。
以前、「普通に喋りすぎじゃない?もっと神秘性を帯びなさいよ。」と言ったら
「そういうのは、いいんで。アニメ見過ぎ。」と突っ返されてしまったことがある。
僕が再び歩き出すと、一歩踏み出すたびジンベエが股の間をしゅるしゅるスラローム駆動しながらついてくる。
「それ、楽しいの?」
「いや、習性なんで。」
立ち止まって見下ろす。ジンベエの瞳と垂直に目が合った。
「可愛いから、やめてくんない?」
「え、そんな目で見てたんですかわたしのこと。」
「なんで敬語?」
「気分です。」
「猫だな。餌はやらんぞ。」
諦めたのか黙って川べりの藪の方へ歩き去っていくのを僕も黙って見ていた。
今年の夏の終わりにトヨさんという地域猫活動していた女性が入院してからあまり食事にありつけていないようだった。
トヨさんは「この子はねグルメだから、これしか食べないのよ。」とカリカリとちゅーるを混ぜた特製のキャットフードを提供していたから、好き嫌いしているのかもしれない。
(前回のお話)