無駄遣い
電車の中、わたしは優先席に座っていた。
左隣ではパソコン作業をしている人。
右隣はずっとラインでやりとりを繰り返している人。
この人たちは、本当にこの席を必要としている人たちなのかな、と思っていた。
途中で、赤ちゃんをだっこしている女性が乗車してきてわたしたちの前に立った。
赤ちゃんはご機嫌ななめみたい。
他の席はあいていないのかな。
座ったほうが赤ちゃんもお母さんも落ち着くんじゃないかな。
赤ちゃんの機嫌はどんどん悪くなるばかりで、お母さんは大変そうな感じがするけど。
席があく気配はない。
両隣の人たちも自分の作業を続けるだけ。
わたしは迷ったけれど、
「ここどうぞ」
と席を立った。
「すみません、ありがとうございます」
と言ったお母さんだけど、
わたしが白杖を持っていることに気づいて
「え?すみません、大丈夫です、座ってください」
あわててまた立ち上がる。
ああ、そうくると思ったんですよ。
座っている時、わたしは白杖をコンパクトに折りたたんでいたから、視覚障碍者とわからなかったのだと思う。
だから席を譲られて一度は応じたけど、
白杖に気づいて逆に罪悪感を持ってしまった、といったところでしょう。
障害を持った方に席を譲ってもらうなんて、申し訳ないってね。
わかりますよ、その気持ち。
わたしだって、だいぶご高齢の方に、よっこらしょって感じで席を譲っていただいたりすると、申し訳ない気持ちになる。
だから、このお母さんに席を譲るべきか迷ったのだ。
「わたしもうすぐ降りるので大丈夫ですよ」
実際降りる駅は近かったから、その短時間立っていても問題なかった。
お母さんは、恐縮していたけど、そのまま赤ちゃんをあやし始めてくれた。
自分がしたことを素晴らしいなんて言うつもりはありませんよ。
だって罪悪感を与えてしまったから。
それに、両隣の人たちのことも悪く言うつもりはありません。
外見ではわからない障害を持っている可能性もあるから。
ただ、つい最近まで妊婦だった友人が言っていた。
優先席に座りたくても、明らかに元気そうな人たちが場所を陣取ってスマホに夢中になっている。
こちらに気づいているのかいないのか、ほとんどの人が席を譲ってくれなかった。
そういう人たちは視力を無駄遣いしていると思う。
小さな画面の中ばかりに気をとられて周りを見渡そうとせず、結果大切なものを見落としている。
その画面に、どれだけ美しいものが映っていたとしても、
それだけを見て満足しているあなたはかっこ悪いよ。