唯識
コテンラジオを聴いていて、知った仏教用語。
難しすぎるけど、おもしろい。理解は出来てないけど言わんとしてることはわかる。
すべての存在は、認識で成り立っているというもの。
例えば目の前にトマトがあるとすると、存在しているのは「トマトがあるという認識をしている」からであって、「認識をしていないとそこにトマトは存在しない」みたいな感じ。
生物も誰かの認識で成り立っている。
生物は、何兆もの細胞から構成されている。細胞の集まりのことを、「生物だと認識している」から「生物という存在がある」。
人間が集まって仕事をする集団を、企業と認識している。
太古の昔は自然淘汰とされていたものが、医療の概念と技術が発達して世の中に認識されたことによって、病気という存在が生まれた。
「細胞の集合体を生物」と呼ぶなら、「車に乗っている人」を1つの固有名詞で呼んでもいいのに、1つの物体として認識しないから存在しない。
亡くなった人を埋葬するという目的が認識されているから、ただの石が「お墓」として存在できる。
僕は男と認識されているから、女として存在できない。
?????
究極の屁理屈????
こんなこと考えたことがなかったので、言葉としてはわかるけど本質がわからない。考えたところで、到底わかるものでもないとは思うが。
唯識論の本質とは違うし解釈も浅いところで止まっているが、自分なりにこの知識を活かすなら、
僕らが普段無意識のうちに認識しているものを意識的に捉えることで、見えてこなかった悩みの根本原因の深掘りができたり、自分の中で確立された考え方の源体験を発掘したり、なんとなく感じていたことを理論的に理解できるようになる気がする。
理論的に理解しているから発言に説得力が生まれるし、自分の意識外のものを見ようとする姿勢は、洞察力も高まる。
意識的に無意識を捉えるって、脳がバグりそう。
こういうのを知ってすぐに活かせるわけではないけど、知れる場があるのは、すごくありがたいことだと感じる。
歴史的な出来事から、人類がどのように考えて、失敗をブラッシュアップして、文化を築き、現代に至るか。また自分に置き換えた時に、どんな行動をしたらいいか。歴史的な成功と失敗から学び、生活や仕事に活かしていく。
主観的な視点だけじゃなくて、普通に生きているだけでは知り得ない視点や考え方が増える感じ。
お財布に余裕があれば月額サポーターになりたいが、無料公開してくれていることに甘えている…….。
せめてCOTENの人たちの目指すビジョンを履き違えないように、コテンラジオで得た知見を最大限生活と仕事に活かしていきたい。