一ノ瀬司の場合(1)
7月も終わりだというのに、まだ梅雨が明けない。薄暗い開店前のカウンターで、タバコの煙を燻らせている叔父の隣に座り、僕は今夜何の曲を演奏しようかと逡巡していた。中学時代から10年近くストックしてきた楽譜の束をめくり、ある曲で紙を捲る指が止まる。『come rain or come shine』ハロルド・アーレーン作曲、ジャズのスタンダードナンバーの一つ。どんな時にも君を愛するよ、といった内容の曲だ。コーヒーの苦味が口の中をゴロゴロと刺激するように、僕の胸の中で、中学の時のある