西陣の絣と「いとへんuniverse」 vol.1
2021年7月の京都行でお会いした、西陣絣をつくり、伝えるチーム「いとへんuniverse」の葛西郁子さん、白須美紀さんのお話を全2回にわたってお送りします。
まずは前編、絣加工師・葛西郁子さんと西陣絣の回をお楽しみください!
西陣絣加工師・葛西郁子さんの工房へ
雨がパラパラと降る7月のとある日。
しっとりと濡れた竹矢来が並び、ヨソモノの私にはいかにも〈京都〉らしい風情を感じる石畳の路地。その先に、「葛西絣加工所」はありました。
京都にも絣を作っているところがある、という話は以前、テキスタイルコンバーターの島田さんから聞いていました。ずらして模様を作る絹のタテ絣で、若手の職人さんもいるらしい。
その時はそれ以上詳しい話にはならなかったのですが、大きな枠にぐるぐると巻き付けられた絹糸の写真が印象に残りました。
そして今年7月。思いがけず急に京都に出張に行くことになりました。せっかくなら噂のタテ絣の現場に関わっている人たちに会えないだろうか。思い立ったらまずは検索です。
インターネットの海の中でたどり着いたのは、京都の西陣絣を作り広めるチーム「いとへんuniverse」のWebページでした。
実は、伝統織物も他の繊維産地でも、これまでとは違う取り組みが必要だ、と考えている所は意外なほどたくさんあります。
若手の職人さんたちが独自の活動をしている産地や、テキスタイルデザイナーさんが頑張っている産地、大学との連携で新しい取り組みをしている産地などに伺ったり、お話を聞いたりする機会は今までにもありました。
ですが、職人さんとライターさんのチームでテキスタイルを広める活動をしている産地は初めて。「いとへんuniverse」のWebページやYoutubeを拝見した感じでは、地域の人と地域おこし協力隊が一緒に活動してきた「ひろかわ新編集」ともちょっと雰囲気が似ています。
そして何より、文章を書く私にとってはライターの白須美紀さんの存在が気にかかります。どんな風に産地の中で職人さん達と向き合っているのか、できればお話を伺ってみたい。
思い切ってメールで連絡を取ってみることにしました。
そして取材当日。
待ち合わせの場所に迎えにきてくれた白須さんに連れられて訪れたのが、「西陣絣加工師」の葛西郁子さんの工房なのです。
奥に長い町屋の室内には、朱と白に染め分けられた絣糸が数メートルほど伸ばされ、その端は小ぶりな太鼓(糸巻きの道具)に巻きつけられています。まさに職人の作業場です。
壁には括りが施された糸束が幾つもかけられ、手仕事の道具が所狭しと置かれていて、工房に入った途端にあっという間に西陣絣の世界にすっぽりと包まれてしまいました。
葛西さんは青森生まれの絣職人。大学で染織を学び、西陣絣に惚れ込むあまり、高齢化が進む職人の世界に後継者として飛び込んだ情熱の人です。
お会いしてすぐに西陣と久留米の絣の話で盛り上がり、白須さんと3人で息つく暇もなく糸が、布が、染めが、と話し続ける楽しい時間になりました。
西陣絣加工師の葛西郁子さん
西陣の絣とは
京都・西陣で作られている先染め織物12種類を総称して〈西陣織〉と呼びます。そのうちの一つにあたるのが〈西陣絣〉です。
さて、西陣の絣とはどういうテキスタイルなのかと言いますと。
まず素材は絹。絣糸の作り方は手括りで、大枠という木でできた四角の大きな糸巻きにぐるぐると糸束を巻きつけて作業します。括る箇所には紙の上から綿糸を巻いたり、自転車のゴムチューブを使って防染します。
「私な、一生分の紙買ってん」と笑う葛西さん。専用のコーティングされた用紙を使うのだそうです。
白糸を受け取って括りを施し、染色の管理や絣解きをして、さらに筬通ししたタテ糸を「ちきり」という織り機にかけるための糸巻きに巻いて(タテ巻き)、織屋さんに収めるまでが葛西さんの仕事。
こうやって織る前の糸の管理を一手に担う「絣加工師」の存在も、西陣絣の大きなポイントです。
西陣絣と久留米絣の特徴を簡単に表にまとめましたのでご覧ください。
矢絣などを得意とする西陣絣の柄作りには、大きくニつの工程があります。
まずは「はめこみ」。少ないものでも約1000本、多いものだと1万本近くにもなるタテ糸を、まるであやとりのように両手を使って組み替えます。
「こうやって1本ずつ数えてな…」と目の前で葛西さんがはめこみの作業を実演してくれました。
細い細い絹糸を正確に1本ずつ取っていくだけでも気が遠くなりそうな手仕事です。
その後に「梯子」という独自の道具で糸をずらします。梯子を使うことによって細かい柄合わせから大胆な波模様まで自在に生み出せるのだそうです。
梯子の写真を見て、柄の出具合に職人の感覚がかなり反映される作業だなと感じました。葛西さんは図案から絣作りに関わることが多いそうなので、柄や仕上がりを熟知した上での仕事だというところが重要なのでしょう。
写真奥から手前に送られてくる糸が、針金を縦に並べた「梯子」によってずらされ、うねりのある柄が作られている。
西陣絣の見本帳
葛西さんの師匠である徳永弘さんが修行した織屋さんのサンプルをまとめた、昭和の西陣絣の見本帳を見せてもらいました。
「絣御召(かすりおめし)」と呼ばれ、大流行した昭和の頃の着物地があふれるほど収められています。どのページにもカラフルで愛らしく、魅力的な生地の数々が並びます。全部を紹介しきれないのがもったいないくらいです。
綿の糸で織る久留米絣と比べて、絹糸の西陣絣は糸そのものの細さが全く違う上、絹には独特の光沢があります。そのため、例えば同じ矢絣でも、久留米絣の素朴さに対して西陣絣はより繊細な表現になります。
しかも、絣の特徴である柄のずれ(絣足)の効果で手仕事のあたたかみも感じられ、高級感と親しみやすさが一体となった不思議な魅力があります。
西陣絣の見本帳。徳永さん自らハギレで描いた「絣」の文字が愛らしい。
思いをつなぐ人
絣加工師が営む絣屋は、最盛期の昭和30年代には130軒ほどあったそうですが、現在は6名のみ。葛西さん以外は、師匠の徳永さん(86歳)はじめ、80代が4名、70代が1名と高齢の職人さんばかりです。
ただ一人の若手の職人として、多くの仕事を請け負っている葛西さん。どうしても西陣絣を絶やしたくない、この技術を受け継ぎたい、との思いで、師匠の徳永さんの元に数年かけて通って修行し、独立しました。
ともかく糸が好き、絣が好き。葛西さんとお話ししていると、全身からキラキラした光のようにその思いがあふれて伝わってきます。
葛西さんは師匠や先輩の技術はもちろん、思いも受け継いで西陣絣の未来をさらに先へとつないでいくに違いありません。こんな熱量で向き合ってくれる職人さんがいる西陣絣はなんて幸運なんだろう。
葛西さんが作る、これからの西陣絣を見るのが待ちきれない。そんな気持ちになる工房訪問でした。
葛西さんの工房では、絣好き3人が揃って思う存分絣の話で盛り上がる、大変楽しい時間になりました。
西陣絣という、久留米絣とは素材も技法も違う絣のことを知ると、よりくっきりと久留米絣の独自性や面白さも浮かび上がってきます。
地域おこし協力隊での活動を始めた時からの、「他の絣産地の方々との交流」への思いがさらに強くなりました。
次回は、工芸ライター・白須美紀さんと「いとへんuniverse」の回です。どうぞお見逃しなく!