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マイナスの美学【言語化】
こんにちはsomekichiです。
人生何事も「足し算」であるという考え方が一般的だと思います。
・広く深く
・限界まで努力する
・見えうる全てを獲得する
など、生きていると「できることをできるだけ」するのが「当たり前」であり「美しい」とされる風潮を感じることがあります。
しかしながら、私はそうは思いません。勿論努力も時には必要ですし、限界を見てみるのも必要です。しかし、常に120%を目指すということは辛く苦しく人生を歪めかねないと思う訳です。
私はこのnoteで「引き算の良さ」「マイナスの美学」を考え、言語化したいと思います。
何を言わないか・何をやらないか
皆さんが何かを話すときにまず気にするのが「何を言うか」だと思いますが、その先に「何を言わないか」という考え方が存在しています。この考え方は「伝えること」を「効率的にシャープに」するような効果があります。全てを伝えようとするのではなく、観点だけを簡潔に伝えることこそ「本来の目指すべき美しいコミュニケーション」だと私は思う訳です。
「何をやらないか」と言う考え方も、それに通じており
「二兎を追う者は一兎をも得ず」
とはよく言ったもので、全てをやろうとする者は全てにおいて失敗します。これは人間の労力許容量を誤った結果から起き得ます。
如何に「しないこと」を決めるかが、人間の行動指針と結果を正常にする考え方であると私は思います。
足すより「引く」方が難しい
何かの作業を増やすことって意外と簡単です。単純に自分で仕事を作ったり、需要があれば仕事を取りに行けば良いのです。でもそこから「何かを辞める」のは勇気がいります。
・今より業績が下がるかも
・仕事が無くなったらどうしよう
という思いから、人は効率が悪い仕事すらどんどん増やします。そして自分を圧迫して他者を巻き込み始めます。こうなると、周りの人間はたまったものではありません。
こういった気質がある人は「足すこと」が優秀なのではなく「引くまで」行って初めて「優秀」ということを意識すべきであると思う訳です。
自動化は実は「足す作業」でもある
自動化は銀の弾丸(困難を解決する決め手)ではありません。効率化する一つの手法です。自動化を目的にしてはいけません。あくまで自動化の先に目的があります。
自動化は何かの作業を「自動化させる」ので「引く」作業に見えますが、実は「足す」作業でもあります。
・自動化したものの保守
・周りに合わせたカスタマイズの継続
など、全く気にせずに未来永劫自動的に何かをできるようにすることなど、基本的にはできないのです。つまり「自分で自分の作業を足している」状態にもなります。
自動化をする判断軸を持たなければ、自分に歯向かうようになってしまいます。
最後にまとめ
「引く」作業は「足す」作業に比べ難しい。
だが、引くことこそが「本来あるべき姿」を求める考え方である。
といった感じでしょうか。
以上「マイナスの美学」についてでした。
somekichi
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