星空案内人
天の川って、どこにあります?
そう聞かれても、私は少しも慌てない。
そこの角を曲がったところのスーパーにありますって、野菜や果物じゃないんだからそんなことは言わない。まして聞いているのが多分カラオケスナック「天の川」ではないのだから、そんなことも軽々に言わない。
都会から私の住む八ヶ岳の麓に遊びに来る人々は、大抵夜の空に拡がる満天の星をも期待しているらしく、当地の施設で働くパートのおじさんを見ても、まるで星空案内人にでも見えるようで、ぼうっとその辺を歩いていても、そんな質問をよく受ける。
だから、そんな時、私は少しもうろたえない。
勿体つけてこう言う。
「夏の大三角形という言葉をご存知ですか?こと座のベガ、わし座のアルタイル、はくちょう座のデネブ。それらを結んだ線がそうです。他の星に比べても、ひときわ明るいので、よくわかるはずです。ベガは七夕伝説の織姫。明るさは0等でかなり明るいです。また夏の南の空には、さそり座が見えます。天の川は、はくちょう座から、こと座とわし座の間を通って、さそり座のすぐそばにある、いて座に向かって流れています。宮沢賢治の銀河鉄道の路線なのでご存知かもしれませんが・・・」
そこまで一気に喋って一息つく。
その頃になると聞いている人のすこしばかりの称賛のまなざしが視野の片隅に見えていて、私の頬も少し紅潮している。だが、私はそんな時大抵他の仕事もしているので、軽く挨拶して、その場を立ち去る。本当はそれ以上のことは知りもせず、すらすらと述べたことも一種の呪文もようなもので、ある本の受け売りだからだ。
星空案内人になりませんか?
その響きがとても心地よくて、魅かれた。
長野県側のあるホテルがその講座を開いているのを知って興味を持った。 調べてみると八ヶ岳界隈のたくさんの施設でそんな講座を開いていて、そのテキストなるものもAmazonで売っていて、それを購入したのだ。 先述したセリフはその本からの抜粋である。
言っておくが、私はかなりの飽き性である。
今までにも、バードウォッチングに興味を持ったり、山野草やキノコに興味を持ったりもしたが、双眼鏡や図鑑を購入した時点で、既に興味が薄らいている。
星に関しても、テキストを買っては見たが、講座を受けることもなく、結局、星空案内人にはなれなかった。だが、そのおかげで、本の受け売りでも知ったかぶりができて、その点では、役に立つ。
先日、携帯をいじっていて、とても便利なアプリを見つけた。
星座盤という、アプリだ。携帯を夜空にかざすと、その方角にある星座が即座に画面に浮かび上がってくる。これさえあればいちいち図鑑やテキストを持ち歩かなくてもすむ。
一時期私はそのアプリにはまって、昼夜かまわず携帯を空に向けていた。 考えてみれば昼にだって、星はそこにあるのだ、と昼行燈のような私はそう呟きながら・・・。
北って、どっちになります?
つい最近、そう訊かれた。
眼前にいるのは、若い可愛らしい女性である。
やった、今こそあのアプリの出番だ。
私はおもむろに携帯を夜空に向けて
「おおぐま座とこぐま座というのがありまして、おおぐま座は北斗七星のある星座で、これには悲しいお話が・・・」
携帯を夜空に向けながら、いつものように、知ったかぶりを披露しようとすると、若い女性はキョトンとした顔でこちらを見ている。
「あのーあたし、ただ方角が知りたいだけなんで、あたし、今、風水に凝っているんで、どこでも方角を把握しときたいんです」
若い女性はそう言うと、あっさり立ち去って行った。
盛り上がった私の気持ちは流れ星のように、あっさり流れた。
「今度は、風水ですか・・・」
私の興味の対象は当分終わりそうにもない。