不公平を「見て見ぬふり」をする人間の心理
誰かが列に割り込んでいるのを見かけたとき、あなたならどうしますか?注意する?それとも見て見ぬふりをする?大阪公立大学の研究チームが、この「見て見ぬふり」の仕組みを詳しく解明する研究を行いました。
これまでにわかっていたこと
不公平な行為を目撃した人の行動については、二つの異なる研究結果が知られていました。一つは、強制的に不公平な場面を見せられた場合、多くの人が自分の損得に関係なく、その行為をした人を罰する傾向があるというもの。もう一つは、不公平な場面を見るかどうかを選べる場合、多くの人がそもそもその場面を見ることを避けようとするというものでした。
新しい実験で明らかにしたかったこと
研究チームは、人々が不公平な場面を避ける理由をより詳しく理解するため、「場面選択型第三者罰ゲーム」という新しい実験方法を開発しました。参加者は青と赤の2種類のカード(デッキ)から1枚を選びます。青のデッキでは不公平な場面に出会う確率が2割、赤のデッキでは8割です。この選択を30回繰り返すことで、人々がなぜ、どのように不公平な場面を避けようとするのかを調べました。
新たな発見:二つの異なる動機
研究チームは、810人による3つの実験を通じて、人々が不公平な場面を避ける理由を詳しく分析しました。その結果、興味深い事実が明らかになりました。
実験では、参加者を2つのグループに分けました。一つのグループには「不公平な場面を見た後、その行為をした人を罰するかどうかを決める」という課題が与えられました。もう一つのグループには「不公平な場面を見た後、単にその状況を報告するだけ」という課題が与えられました。
すると、「報告するだけ」のグループでも、多くの参加者が不公平な場面を避けようとしたのです。これは、人々が「罰を与えなければならないから」ではなく、純粋に不公平な状況を目にすること自体を避けたいという気持ちを持っているということを示しています。
さらに、「罰するかどうかを決める」グループでは、その回避傾向がより強く表れました。つまり、不公平な場面を目撃した後に「罰を与えるべきか」という判断を迫られることへの心理的な負担も、人々の回避行動に影響を与えていたのです。
もう一つの重要な発見:避けたい人の意外な行動
さらに研究チームは、不公平な場面を避けようとしていた人が、実際にその場面を目にしてしまった場合にどう行動するのかも分析しました。すると予想外の結果が見えてきました。
普段は不公平な場面を見ることを避けようとする人でも、いったんその場面を目にしてしまうと、不公平な行為をした人に対して罰を与える傾向が強く見られたのです。この「見たくはないけれど、見てしまったら正そうとする」という行動パターンは、3つの異なる実験でも一貫して確認されました。
この発見は、人々が単に責任を避けようとしているわけではなく、不公平な状況に直面した際には、きちんと対処する意思を持っているということを示唆しています。
私たちの社会への示唆
この研究は、従来考えられていたよりも、私たちが積極的に不公平な場面を避けようとしている可能性を示しています。研究チームは「罰を与えること以外にも、人々の利己的な行動を抑制する要因があるはずです。それを明らかにすることが、よりよい社会づくりにつながるでしょう」と期待を述べています。
私たちは普段、意識せずに不公平な場面を避けているのかもしれません。でも、避けられない状況では正義感を持って行動する。そんな人間の複雑な心理の仕組みが、この研究によって明らかになったのです。
その疑問にQ&Aでお答えします!
Q1. この研究で使われた「第三者罰ゲーム」って具体的にどんなものですか?
「第三者罰ゲーム」は、人々が不公平な行為を見たときにどう反応するかを調べる実験方法です。この研究では、お金の分配場面を使いました。1,000円を2人で分けるとき、500円ずつ平等に分ける場合と、一方に100円しか渡さない不平等な場合を用意しました。参加者は青と赤のデッキを選ぶことができ、青のデッキでは不平等な分配を見る確率が2割、赤のデッキでは8割になるように設定されていました。
実験では、この選択を30回繰り返します。これにより、参加者が不平等な場面を意図的に避けようとするかどうかを科学的に測定することができました。特に面白いのは、不平等な分配を見てしまった後の行動も記録できる点です。参加者は、自分が少し面倒な作業(労働課題)をする代わりに、不平等な分配をした人から300円を減らすという形で「罰」を与えることができました。
Q2. 「罰を与える」って具体的にどういう方法だったんですか?
この研究での「罰」は、とても工夫された方法で行われました。参加者は、不公平な分配をした人から300円を減らすことができましたが、そのためには自分で「労働課題」という少し面倒な作業をしなければなりませんでした。
つまり、誰かを罰するためには、自分も少しコスト(労力)を払う必要があったのです。これは現実社会でも、誰かの不正を指摘したり注意したりする際に、自分も時間や労力、時には精神的な負担を負うことと似ています。
研究チームがこのような方法を選んだのは、現実の社会により近い状況を作り出すためだったのでしょう。実際の生活でも、他人の不正を正そうとするときには、自分にも何らかのコストが発生することが多いからです。このような工夫により、より現実に即した人々の行動を観察することができました。
Q3. この研究結果は、私たちの社会にどんな影響を与える可能性がありますか?
この研究の面白い点は、私たちが普段なんとなく感じている「見て見ぬふりをしたい」という気持ちの仕組みを、科学的に解明したことです。特に、不公平な場面を避けようとする人でも、いったんその場面を目にしてしまうと正そうとする傾向があるという発見は興味深いものです。
この結果は、例えば職場でのハラスメント対策など、社会の様々な場面で活かせる可能性があります。「見て見ぬふり」をしてしまう心理を理解したうえで、必要な場面では適切に対処できる仕組みを作ることが大切かもしれません。
研究チームも指摘しているように、今後は「罰を与えること」以外にも、人々の利己的な行動を抑制する要因を探っていく必要があります。これは、より協力的で住みやすい社会を作るためのヒントになるかもしれません。