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Feel the Wind

 久しぶりにアンプに灯を入れ、ふと思い立ってサブスク(Amazonプライム)に "Feel the Wind" と入力したところうちの大学のキャンパスがあしらわれたジャケットとともになつかしのFeel the Windを聴くことができた。自宅のオーディオには既にCDプレーヤーはないが、このCDは持っていて、リッピングしたファイルをダブルクリックすればメディアプレーヤーでいつでも聴くことができる。だが、こうやってサブスクで聴くことができたのは新鮮で不思議な感じである。
 大学のキャンパスを吹き抜ける風をイメージして演奏された "Feel the Wind" は、2005年9月、安田女子大学現代ビジネス学科1期生の3年時に開講した「音声情報処理演習」という授業の中で録音された。この「音声情報処理演習」は、音処理の演習を行うだけでなく、プロの演奏家によるCDの録音、ジャケット作成から実際のCD販売までを行う。授業を担当して頂いたのは尾久土正己 奈良県立大学学長。今ではとうてい実現不可能な授業である。マキシングルを500枚制作して本道りの金正堂書店本店(当時)に委託販売の形で発売し、200枚ほど売れたはずである。
 2004年、現代ビジネス学科のメディア系の授業が始まることに備えてスタジオ機材の整備を行った。完全防音の広いスタジオにハイビジョン対応の映像収録システムと16ch同時録音可能なデジタル録音システムとマイク群、ハイエンドオーディオシステムを1年間かけて整備した。2005年の「音声情報処理演習」はそのこけら落としである。

 スタジオ完成時にPVを制作した。当時出たばかりのAudi A6(和田智さんデザイン)で初めて採用されたシングルフレームグリルは、今日ではあたりまえのデザインだが、この画期的なデザインに目を付け、アウディ広島のジャズ好きの店長(当時)と交渉してA6を撮影用に借り出した。さらに当時の学長にお願いして「うちの学長は車は自らドライブし後部座席には座らない」と新しいデジタルスタジオの先進性・積極性を示したかったのである。
 同時に9111教室にメハイスペックPCを整備したが、当時DTM(Desk Top Music)に凝った教員がいて、その意向もあり全PCにローランドのオーディオインターフェイスを設置した。ところが、かのDTM氏は教室の完成を待たずに別の大学に転出してしまったのだが、それはともかく、そのおかげで「音声情報処理演習」では各学生のPCでハイレゾ音源のミックスダウンができ、フォトショップがインストールされているので授業中にジャケットも制作できる。
 2005年9月7日から9日までの3日間の集中講義「音声情報処理演習」が開講された。授業をお願いしたのは当時和歌山大学観光学部の尾久土先生。インターネット関連の研究会で一度お会いしたことはあったが、2003年開設の現代ビジネス学科のメディア系の授業を企画するにあたり、「天文台長が星を観ながら聴くにふさわしい音楽を求めてレコードレーベルを立ち上げた」という新聞記事を見て白羽の矢をたてた。私は自称オーディオマニアなので、スタジオに導入されるオーディオセットの構築には深く関わったが、録音スタジオ構築の経験はなく、2004年の段階から尾久土先生にマイクや録音機材の選定をかなり助けていただいた。パソコンは10年経たないうちに陳腐化してしまうが音響機材は20年経つと陳腐化するどころかヴィンテージというか、手に入らない貴重な機材となる場合も少なくない。2024年にこのスタジオの改装を行ったのだが、お宝がザクザク出てきて一部は学内各所で第二の人生を歩んでいる。

2005年9月7日 音声情報処理演習
2005年9月7日 音声情報処理演習
2005年9月7日 音声情報処理演習

 初日の9月7日、35名の受講者が9111パソコン教室に集まった。午前中の説明の後、午後には演奏を行ってくれる宮下博行トリオMNTのメンバーが到着。1日目の午後から録音セッティングの実習を行った。

2005年9月7日 音声情報処理演習
2005年9月7日 音声情報処理演習
2005年9月7日 音声情報処理演習

 演習2日目の9月8日。実際の録音やジャケット用の写真撮影を行った。

2005年9月8日 音声情報処理演習
2005年9月8日 音声情報処理演習
2005年9月8日 音声情報処理演習

 そもそも現代ビジネス学科の授業でなぜCDを制作するのかということであるが、授業の中で企画だけでなく実際に商品を製作・販売する事で商品の企画、制作(制作)からプロモーションまでのビジネスをひとつの授業で実践的に学べるからである。
 録音にかかわるスタジオや機材のレンタル料(一般的にはかなり高額になる)を除いて、音源データやジャケット画像のデータを送ってCDをプレスしキャラメル包装された商品を作るのは意外と安く済む。ジャケットで使う色数などを節約するれば500枚で15万円ほどが当時の目安であった。この授業ではあらかじめCDのプレスとその他の経費を確保し、その費用を売り上げで回収し翌年の授業につなぐという目標を立てていた。ジャケットのデザインや販売プロモーションも学生に考えてもらい、実際に2005年版は1枚1千円のCDを約200枚を売り上げプレス費用分は売り上げた。
(実際には委託販売費用30%が赤字だったが・・・・)

2005年9月9日 音声情報処理演習
2005年9月9日 音声情報処理演習
2005年9月9日 音声情報処理演習

 9月9日の三日目の授業では全学生のCDジャケットデザインコンペを行った。学生の投票により、表紙のデザインを選出し、音源とともにCDのプレス業者に納品した。
 2005年10月9日。現代ビジネス学科のレコードレーベル mahoroba records より大学を吹き抜ける風をイメージして演奏されたオリジナルCD Feel the Windが発売された。

Feel the Wind 2005 ポスター
2005年12月 本通り
2005年12月 本通り

  この授業で味をしめたのか、当時3年生のゼミ生達が自分たちのオリジナルCDを制作するプロジェクトを立ち上げた。
 本通りでがんばっているストリートミュージシャンに声をかけCDを制作しようという企み。まずはミュージシャンを探しに夜の本通りをリサーチしに通うことから始まった・・・

 ミュージシャンが決まったら次は資金計画。録音は学内でできるのでCDのプレス代金20万円をどう調達するかが問題。今日ならクラウドファンディングといきたいところだが、少額の出資を募り、完成したCDをつけて還元する計画とし、サンプル版の録音を行ったうえで、「ひろしまベンチャー育成助成金」に応募してみた。

2006年3月20日 ひろしまベンチャー助成金贈呈式
2006年3月20日 ひろしまベンチャー助成金贈呈式

 すると学生金賞を受賞し、この助成金により資金調達がかなり楽になった他、財団のメンバーである広銀やデオデオ(エディオン)の担当者に手厚くサポートしていただき、デオデオ地下のCD売り場でのミニコンサート等プロモーションが実現した。売り出したCD「心の花」は初版の600枚では足りず、追加プレスを発注したと記憶している。「心の花」を歌ってくれた門傳将道君は2009年頃まで活動を続けていたようだが、今は元気にしているだろうか。

 2006年の音声情報処理演習では 2005年版のFeel the WindのメロディをモチーフにクラシックエディションのCDを作成した。2006年版からはデオデオ(エディオン)地下のCD販売コーナーで委託販売をお願いしたのだが、このあたりから音楽のダウンロード販売が台頭し始め、CDが売れなくなる現象が顕著となり委託販売での売り上げがほとんど望めなくなってきた。

2007年 9月14日 音声情報処理演習
2007年 9月15日 音声情報処理演習・音源収録

 2007年は中谷泰子さんのバンドによる演奏。期間中、サンフレッチェ広島対浦和レッズ戦で音源収録を行った。2007年の特徴はラテン・ボサノバ系のリズムに乗せて学生受講者がコーラス隊として参加すること。学生の歌が中谷さんのオリジナルアルバムにも収録されることになった。

2007年 9月16日 音声情報処理演習・学生がコーラス隊で参加
2007年 9月16日 音声情報処理演習・学生がコーラス隊で参加
2007年 9月16日 音声情報処理演習・学生がコーラス隊で参加
2007年 9月16日 音声情報処理演習・学生がコーラス隊で参加

 学生を5人づつのグループに分け、コーラスの収録を行った。最後にはどうしても男性コーラスも加えたいということになり、出勤していた男性教職員を半ば拉致して急遽YASUDA Brothersを編成。無事に収録を終えることができた。

YASUDA Brothers

 音声情報処理演習で制作する2007年版のCD "Feel the Wind"の準備は順調に進み、音源の用意やジャケットデザインも終了していた。ただ、2007年シーズンのサンフレッチェ広島は絶不調で、10月に降格の危機に陥り、12月にはついに降格が決まってしまう散々なシーズンであった。ビッグアーチ(当時)をテーマにしていた授業版のCDは最終的にはお蔵入りとなってしまった。

2008年8月30日 音声情報処理演習
2008年8月31日 音声情報処理演習

 2008年の音声情報処理演習も中谷泰子さんのセッション。Jポップ調の演奏をしていただき、授業でCDの商品化も復活した。


2009年8月26日 音声情報処理演習
2009年8月26日 音声情報処理演習

 2009年の「音声情報処理演習」は、ピアノバーRihaku(当時)のオーナーピアニスト、川端恒二さんとその門下生によるセッション。2008年の中谷泰子さんの"Feel the Wind"をアレンジしていただいた。
 この期間中、川端さんは自身のアルバム"ACROSS THE SKY"の収録も行っていた。
 2010年2月8日、川端恒二さんはガンで亡くなられた。実は体調が悪い中での授業や演奏だったそうだが、一番最後に収録した "Feel the Wind"が彼の遺作となってしまった。

 2010年は音声情報処理演習が実施される最後の年となった。現代ビジネス学科でビジネスを学ぶために企画されたこの授業はCDの商品化が必須であるが、この頃になるとCDの商品化というビジネスモデルそのものが怪しくなってきたのである。2005年の最初のCDは200枚、20万円を売り上げ、CDのプレス費用はほぼ回収できたが、2009年版は100枚納入して10枚も売れない状況となり、費用回収どころか、デオデオ(エディオン)のCD販売コーナーでの委託販売ができなくなってしまったのである。
 2010年代に入り、少なくとも若者は音楽はCDを購入して聴く時代から、ダウンロードで購入する時代へと完全に移行していた。

2010年9月13日 音声情報処理演習
2010年9月13日 音声情報処理演習

 "Feel the Wind"2010はクラシックのセッション。これで最後だよと学長に念を押されてなんとか予算を確保し、商品化までを行うことができた。

 沢山のCDを商品化した録音スタジオであったが、2015年にピアノが新しくなった5号館に引っ越し、ProTools用のMacも老朽化し、Zoom等のデジタル録音機のスペックがProToolsよりもよくなったため、録音そのものがされなくなった。
 2024年、スタジオが模様替えされ、大量の在庫CDが残っていたが、流石にこの時代になるとCDプレーヤーを持っている人がいなくなってしまい、ノベリティにすらならなくなっていた。実際、私の自宅のシステムもリフォームに伴ってオーディオを更新するにあたってCDプレーヤーと(Accuphase DP-55)、アンプ(Luxman L500)を手放し、買い替えたアンプ(DENON PMA-1700NE)のDACにPCを直接つないで音楽を聴いている。検索すればたいていの曲をまさに手軽に聴くことができるサブスクは便利である。
 2005年に制作した"Feel the Wind"は音楽の流通ルートには乗っておらず、ちゃんとしたインディズブランドでさえもない。委託販売で200枚売り上げたとはいえ、あくまでも200枚である。今回、サブスクの"Feel th Wind"に出会い、これが世界配信されていことを考えると感慨深いものがあり、これはこれで悪くはない。


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