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旅行記|出発前の忠告/森の管理人/憧れの無人島【Yukon Canoeing Trip】 



出発前の忠告

バックパッカーズホステルで目を覚ました。
いよいよ出発の朝。朝食をさっと済まし、最後のスーパーへの買い出しに向かった。

食品売場では、カヌー旅であったら便利だろうというものを見つける度に、後ろ髪を引かれる。
買うか買わないか、の判断に時間がかかり、ぼーっと考え込んで商品の前で佇む私に、彼は、ほら行くよ、と声をかけて、ようやく買い物は無事に終了。

彼の頭の中では、このサバイバル旅で必要な食料分を把握していた。
冒険慣れをしている彼に、一番頼りたいところだ。

購入品の一部。主食になるもの中心だけど、味変できるアイテム「TAKO」スパイスも買った。


朝出発の予定だったのが、正午を回った頃、ダウンタウン付近のユーコン川沿いカヌー出発場所へ辿り着いた。


food barrel(大きなドラム缶のような食料をまとめて保管するための物)に食料を入れ、ドライバックへ濡らしたくない服や大事なものを入れる作業もほとんど終わった。

カヌーに積み込もうとしている時、カヌーショップのスタッフが私たちに話しかけてきた。

「知っているだろうけど、電波はもちろん通じないよ、緊急時のレスキューを呼ぶ電話は持ってるの?何かあっても、君たちに何が起こったかは分からないからね。」

「熊が必ずと言っていいほど出会うからこの先は危険なんだ。食べた後のゴミも、綺麗に洗ってfood barrelに入れること。匂いにはかなり敏感だから。」

と、真剣な眼差しで忠告してきた。

もちろん旅のリスクを覚悟した上ではあったけど、その時の私は、大自然の中に身を委ねる楽しみやカヌーで旅するというロマンを掻き立てるような冒険への高揚感が高まっていて、ふわっと一段上にいるような状態だった。

自分の準備の甘さひとつで、一瞬で生死を左右する世界だと思うと、ゾワッと音がしそうなくらいに身が引き締まる。
28年間生きてきて、初めて、自らの死について、考えたのかもしれない。家族、友人、大切な人たちが脳裏に浮かび上がり、その後、走馬灯のように過去の出来事を思い出した。たった数秒の中で振り返りは終わり、最後に残ったのは、大切な人たちの顔と、たった今のこの瞬間だけだった。人生長いと感じることの方が多かったけど、その時が来れば、呆気なく終わってしまうのだろう。

もし仮に、生死彷徨うような出来事が起きた時、そこで全てが終わるわけではない。自分の命は自分で守ろう。当たり前の話だが、命さえ守れば、また日常に戻れる。その覚悟をしてから、私の視界に入る物体の輪郭がはっきりと映るようになった。カヤック、パドル、自分、これだけは死守しよう。9日分の食料、最小限の服・・・君たちもお願いだから最後まで一緒にいて!と、心の中でお願いした。

横にいた彼の横顔を見ると、その覚悟はもうだいぶ前に終わっていて、全て分かっているような表情。また少し安心するのだった。


そして、出発。
8月7日 13時03分頃


ユーコン川を漕ぎ始めた。
岸辺を見ると、ジョギングくらいより少し早いくらいのペースで進んでいる。私は、カヌー経験は皆無と言っていいほどだ。幼い頃に、アウトドア好きの家族に連れられて、西表島でマングローブ林をカヤックで漕いだことと、大学研修センター施設内の湖で端から端まで漕いだことがあるくらい。今回は、レンタルしたパドルが、シングルブレードパドルで、片方にしかブレードがないから、少しぎこちない。きっと、毎日漕げばこれにもすぐ慣れるでしょう。

緯度60度の真夏の日差しは容赦ないが、カラッとしていて気持ちがいい。漕がずとも進んでいく、なんて最高な旅が始まったんだろう、と私と彼は交互に仰向けになって、雲の動きを観察した。


森の管理人

漕ぎ始めて、2時間ほどが経った頃か。
人間界の車の音が遠くに聞こえるようになってきて、電波塔のような人工物も見えなくなってきた頃、大きな羽を広げた鳥が、頭上を飛んで行った。

白頭鷲だ。
首から上が真っ白で、黄色い嘴が一際際立っている。
図鑑やテレビで見たことがあったが、ここまで間近で見たのは初めて。意図的に人間によって作り出された環境でない場所で、彼らと出会えることが嬉しい。

その少し先に目を向けると、もう一羽、また進むと、もう二羽・・・三羽。

両岸に生い茂る針葉樹ファーの一番高いところに、白頭鷲が止まっている。合計10羽ほどはいただろうか。

白頭鷲と出会えるなんてことが想像もしていなかったけど、一度に何羽も会うと、この地域では希少な動物ではないんだなと思った。日本にいる頃は全く出会えもしないと思っていた動物に対面できると、本当に彼らは生きていたことにハッとする。しばらく海外に来れてなかったのもあるけれど、世界は広いなぁとつくづく思ってしまう。

白頭鷲は、私たち人間に驚きもせず、余裕な顔つきでありながらも、片目ではじっと観察されているように見える。毛繕いをしながら、余裕がある。

まるで私たちは、この世界の新参者だなぁ。
彼らのテリトリーのゲートを通らせてもらっているような気がする。歓迎されているのかは分からない。

ただ、この出会いで、この先にどんなことが待っているのか、益々楽しみになるのだった。


憧れの無人島 


そして、夕方頃、目的地としていた「Good Camp」に到着。
「Good Camp」とは、地図上で示された印の一つ。

辿り着いてみると、キャンプしやすく広々した空間があり、簡易トイレが設置されていたり、火を焚いた後のような跡も残っていたりする。確かに、人工物があるので、安心するのだ。
「Good camp」と呼ぶのがよく分かった。

上陸して、まずは、熊の足跡がないか100mほど歩いて探し回る。
もし熊の足跡や糞、毛などの痕跡があれば、そこは熊のテリトリーなので、移動しなければならない。特に問題なさそうだったので、私たちはここで泊まることに決めた。軽く川で水浴びをして、彼はテントを張りに森の奥の方へ、私は川辺で食事の準備を始めた。

今夜は、川で冷やしたビールと共に、スタートの日を祝して、乾杯。

地図を読み合わせながら、明日の目的地を確認した。

地図。これを頼りに旅していく。


明日は、今回の旅の難所となるであろうLake Labergeを漕ぐ日。
風が強いと全く進まないという話をどこに言っても聞いていた。もうこのルートから逸れることはできないので、風向きが味方してくれるのを祈るのみだ。

やることは多くはないはずなのに、ここでの時間の過ぎ方はあっという間だ。辺りはすっかり暗くなり初めていたので、明日に備えて、早めにシュラフに包まった。



私は幼き頃から、無人島に憧れがあったことを思い出した。陽が沈んだ後も、木と木の間の小さな空間に腰を下ろし、砂で自分サイズの椅子を作り、空を見上げて、星を見た。人がいなくても、周りの木々や空が見守ってくれる気がして、寂しい気はしない。マンションの灯りを遠くに見ながら、私、
生きてるなぁと、心から思ったのを覚えている。


そして、今こうして無人島のような場所にいるのがなんだか不思議だ。過去と未来が繋がったような。時が経ても、私が惹かれるものは変わらないのかもしれない。


寝るために、テントを立てて、
ご飯を食べるために、火をつけ湯を沸かす。
身体を洗いに、川まで行って、
用を足すのに、まずは木陰選び。

便利なことは何一つないけれど、『今』に手間暇かけられるのは、何より贅沢な時間。ただ、生きるためという目的のためで、無駄なことは何一つない。

つづく・・・🌿


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